お前の仕事
昨日は「キャリア3年目から1人前」という意識を持って、より難しい仕事にもチャレンジして、仕事は厳しくても早く成長できる会社にしたいと書きました。
できる仕事をできる範囲で無理なくやる様になったら個人も組織も発展はありません。まだ当社はベンチャー精神を持って戦って行きたいですし、そういうチャレンジ精神のある人達でこの会社を作って行きたいと思っています。
CRC総研のシンクタンク部門はちょっと緩くてルーズな組織でしたが、「これはお前の仕事だから、お前が考えてどうにかしろ!」と突き放される環境ではありました。入社3年以上で、まだ経験が短いからできないという人はいませんでしたし、そんなことは許されない雰囲気はありました。
服部さんや永森さんも同じ本部にいましたが、入社1年目から、忙しい時期は連日、22時、23時まで働き、レポートの納期が間近になると、厳しい上司に怒鳴られながらよく徹夜もしていました。
私の入社2年目、3年目の仕事も少し思い出してみました・・・
私がまだ26歳の頃ですが、急に伊藤忠商事の課長さんと2週間の米国出張に行って、あることを調べてまとめるように上司から言われました。
最初は2人でしたが途中でその課長さんが急用で帰ってしまい、私はニューヨークで1人残されて、ホテルからブロークン英語でアポ電話をしたり、知らない街を地図を片手に資料収集に回りました。
そして、帰国後2週間ほどでレポートをまとめて伊藤忠の関係者にプレゼンをしました。その時も誰も手助けはしてくれなくて、自分で工夫をしながらつたないレポートをまとめたのを覚えています。(今思うと本当に未熟なレポートだったと思います)
また、その当時の自治省が「リゾート作りハンドブック」を作るので、その関連情報の収集と編集の仕事が降ってきました。他省庁より早く1番最初に出版したいということで、情報収集と原稿作成の時間は1ヶ月もありませんでした。
自分はリゾートの専門でもないし、本の編集などもやったことありませんが、会社として受けてしまったし、自分がアサインされたのですから仕方がありません。
毎日9時から20時まで会社で作業をして、20時からは自治省で担当者と打ち合わせを行い、また会社に帰って来て作業をして毎日終電で帰る日が1ヶ月続きました。そして、何とか原稿を期限に合わせて出版までもって行きました。
この時も誰も助けてくれる人はなく、「何で俺なの?」と思いながら最後まで1人でやりました。
オクラホマ州の副知事と開発部長を帝国ホテルに迎えに行って、京都まで新幹線に乗せて連れて行き、京都府のお偉いさんとの会談に同席させられたり、オクラホマ州の副知事から裏千家のお茶会をキャンセルしたいと言われて、京都府の秘書課長にえらく怒られたのもこの頃でした。
でも何だか分からない初めての事ばかりの仕事を1人でやりきって、最後はお客様に喜んで頂けたことが、その後の自信に繋がりましたし、今思い出すとすべてが楽しい思い出になっています。
仕事はやっぱり厳しいものです。
でもその厳しさを色々と工夫をしながら乗り越えていくことで分かることや、成長すること、楽しめることがあるのも仕事です。
始めての仕事でもプロ意識と、何とかなるという気持ちで取組んでみて下さい!、それが皆さん自身の成長と、会社の発展につながることだと思います。
チャレンジ精神を持って、厳しくても成長できる会社にして行きましょう!
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