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2026年3月27日 (金)

自分らしい選択

私がリサーチの世界に入ったのは、40年前に伊藤忠系シンクタンクのCRC総合研究所に入社した時からでした。

最初は計量モデルを作成して経済予測などを行う部署でしたが、2年目からは産業調査やマーケティング調査を行う部署に移してもらい、そこからは内外で色々なリサーチに従事しました。

国や都道府県の調査や、情報産業や建材産業等の業界団体の調査も沢山やり、株主の第一勧業銀行の国別投資環境調査では10か国以上の現地調査もやり、伊藤忠商事からも沢山の開発調査や事業化調査やミャンマーでの国連調査という貴重な経験もして、通信会社、住設会社、不動産会社、飲料会社等のマーケティング調査も沢山やりました。

この頃のリサーチャーは、自分で営業して顧客を開拓し、企画提案をして案件を受注して、自分でリサーチの実務も行う仕事で、文献調査や統計分析調査、郵送調査、訪問調査、訪問ヒアリング調査、グルイン、会場調査、委員会運営等、様々な手法をお客様の課題に合わせて取り組む仕事でした。

自分は新しいことに取組むことや、新しい事業や情報に触れることが好きだったし、自分が考えて走り回って集めた情報の分析や提案がお客様の役に立ち、喜んでいただけることに遣り甲斐を感じていて、お客様からどんどん色々な相談がいただけることが喜びでした。

しかし、新しい経営者がシンクタンク部門を急拡大させて、4年間も大赤字を出したのを契機に、シンクタンク部門はリストラになり、自分はITコンサル事業室の部長補佐に異動になりました。

その時はもう37歳で、プログラマーもSEの経験もないしITコンサルには全く知見も興味もなく何をしたら良いか分からず弱り果てました。

その頃にインターネットが普及してきて、これを使えばリサーチが出来るのではないか、やはり自分は好きで自信もあったリサーチに携わって働き続けたいと考えていました。

そんな時に日経新聞に、ニュービジネス協議会がビジネスプランコンテストの小さな記事を見つけて、この事業アイディアを出してみようと思い、急いで事業計画をまとめて応募しました。

その事業企画が優秀賞を受賞して、「もしかするとこの企画は事業として成り立つのかもしれない、、、でも会社はどうやって作るのか、、、」と考えるようになりました。

それと並行するように銀行系シンクタンク(今の みずほ総研)からヘッドハンティングがあり、銀行並みの厚遇でのお誘いも受けていて、その頃は結婚もしていて幼子も2人いたから、普通に考えれば安定した組織で自分の知見が活かせる良い話でした。

しかし、その職場を案内されるとその頃のみずほ総研は銀行員が9割で、社内の銀行の様な硬い雰囲気に違和感を感じ内定受託を躊躇っていました。

そしたら、ヘッドハンティング会社がしびれを切らして、勤務先のCRC総研にリークをしたらしく、経営企画部長から突然呼び出されて「お前、何か会社に隠しているだろう、、」と問い詰められることになり、その話が社長にまで行って「会社で社内ベンチャー制度を作ってやるから、お前が遣りたいその事業を始めるのはどうや、、」となったんです。

人生なんてほんど何があるか分からないものです。

そんな流れで会社にベンチャー制度を作ってもらい、マイボイスコムを起業しました。

結果的にゼロから会社を立ち上げるのは予想以上に大変で、土日も休まず連日深夜まで働く日々が続いたし、その後も苦労の連続で、大人しく大企業の社員として働くより何倍も苦労はしたように思うし、家族との生活もかなり犠牲にしました。

それでも自分で悩みながらも「自分らしい選択」をして、40年も自分が好きで自信もあるリサーチの世界で働き続けることができたのは、良かった様に感じています。

皆さんも自分の長い職業人生の中で、これで良いのだろうか、、もっと自分に合った仕事があるんじゃないか、、と迷うこともあると思いますが、自分の好きで主体的に取り組める「職業」を選び、そこでプロ意識を持って全力で取り組むのが良いと思います。

リサーチは取り組み方によっては、興味が尽きない面白い仕事です。

これからの長い職業生活を、長期的な視点を持ちながら、お客様から信頼されて頼りにされるリサーチのプロを目指して頑張って欲しいと思います。

職業はどんな考えでどう取り組むか次第で面白くも、つまらなくもなります。

自分の大切な時間を大量に費やすのですから、リサーチを面白いと思って主体的に学びながら働くことが、皆さんの職業人生を豊かにすることだと思います。

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