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2007年4月18日 (水)

ミャンマー国連調査

CRC総合研究所で10年以上マーケティング調査や産業調査をやりましたので、まだまだ紹介したい事例が沢山あります。ただいつまでも過去の話していても始まらないので、もう1件で終わりにしたいと思います。

これは私の自慢なんですが、1度だけ国連パスポートで海外調査に行ったことがあります。調査国は軍事政権下のミャンマーで、経済開発のマスタープランを作るという仕事でした。その当時にCRCの社長だった高原さんは陸軍士官学校卒の元軍人で、ミャンマーで終戦を迎えた方でした。高原社長は山崎豊子の不毛地帯にも出てくる偉い方で、何とかミャンマーの力になりたいという思いから始まったプロジェクトでした。

それが何故国連工業開発機構(UNIDO)の案件になったかは良く分かりませんが、自分も調査団の1員としてミャンマーに行くことになりました。アジア経済研究所でミャンマーが専門の桐生先生が団長で、広島大学の開発経済の山下教授、竹内教授と、何故かCRCにいたケビン・ショート博士というとっても優しい米国人が主なメンバーでした。私ともう1名の社員が事務局で、フライトや現地での車や食事の手配などの雑用をやりました。ミャンマー経済をどうやって発展させるなんて私には全く分かりませんので、鞄持ちに徹して、先生たちが働きやすいように気を配って段取りするコンパの幹事みたいな仕事でした。ああそれで幹事が得意な自分がこのプロジェクトに入れられたのかと、現地に行ってから分かりました。

この調査ではミャンマーに3回行き、それぞれ10日ほど滞在しました。ある時は先生がどうしてもトンボにある自動車工場が見たいと言います。「トンボってどこ?」現地の担当者に話をしたら、車で8時間かかると言います。それでもどうしても行くと言うので、しかたがないので翌日先生2人と私と現地担当者の4人で出発しました。ほとんど舗装されていない道路を延々8時間、それも温度が42度もある熱帯ですのでクーラーも利きません。窓を開けるとドライヤーのような風が入ってきて、車の揺れと暑さでクタクタでした。何でこんな思いまでして工場に行くのかなあ、先生は本当に我侭だなあ、と思いつつ車に揺られていました。

自動車工場といっても本当に小さな工場でしたが、それらの設備を熱心に見て回り、現地の担当者と真剣に話をして、先生は何かが分かったと言います。こんな現地調査もあるんだなあ、やっぱり先生達は開発経済のプロなんだなあと感心しました。その夜はトンボの村人が歓迎の宴を開いてくれました。ミャンマー族、モン族、カレン族、カチン族、ミャンマーは多民族国家です。それぞれの民族ごとにそれぞれの踊りを披露してくれました。その時の「水の舞」という踊りの美しさは今でも良く覚えています。この仕事で沢山のミャンマー人と知り合って、実直で穏やかで、仏教の信心深い人の多いこの国が好きになりました。

3回目の訪問では調査報告書の進呈を行いました。高原社長がミャンマーのエイベル経済省大臣に報告書をお渡しする儀式がありました。その中でエイベル大臣が「彼のように若い日本人がミャンマーに来て、ミャンマーのために働いてくれたことが嬉しい」というようなことを、末席に座っていた自分に向かって言ってくれました。私は車の手配と食事のオーダーをしていただけでしたが、すっかり開発調査の調査団の1員という顔をしていたのかもしれません。ミャンマーはまだ軍事政権下で最貧国に指定されていますが、あの国の誠実さや美しさがずっと続いてほしいと願っています。

調査の仕事にも沢山の種類あります。私達のように企業のマーケティング活動をサポートする調査から、途上国の経済発展を支援する調査、行政の政策決定を支援するような調査、調査の目的や内容は異なりますが、文献調査、統計調査、ヒアリング調査、現地視察調査、アンケート調査と調査手法や、調査の流れはあまり変わりません。そして、何のために実施する調査であるかを常に意識して、自分の技術と経験で責任を持って調査を遂行し、その調査結果がお客様の役に立ち、お客様に喜んでいただくことを遣り甲斐と感じて頑張れるかどうかが重要になると思います。専門性とプロ意識、サービス精神求められる仕事です。

マイボイスの社員には、クライアントの課題解決に役立つため、専門性とサービス精神を持って一生懸命に頑張ってほしいと思います。まだまだ会社も未熟で、経験の浅い社員が多いですが、皆がプロ意識を持って仕事に取組んでいけば、サービスの付加価値と信頼性が高い魅力的な会社に発展できると確信しています。

コメント

堀江さんコメントありがとう。私もミャンマー情勢が気になっています。私が現地調査に行ったのはもう15年近く前になると思うけど、ミャンマーの人は素朴で仏教の信心深く親日的でもありとても良い印象を持っています。
広島大学の先生がある市場の前で「高井さんこの国も10年もすると発展して、この市場も大きく変わるでしょう。楽しみですね。」という様なことを仰りました。でも現実には軍事政権がこんあにも長く続いて経済発展は遅れ最貧国のままであることに少し寂しさを感じています。
その当時は民族的な対立もあるので1時的に軍政を引くのは止むを得ないというニュアンスの話しも聞きましたが、20年近くこの様な状況が続くのはミャンマー国民にとって不幸なことだと思います。私も軍人が政治を支配することには反対です。色々な事情はあるでしょうが早く民主化されることを望んでいます。

ミャンマーでは、またまた民主化運動が火を噴いているようです。日本人ジャーナリストも犠牲になりました。
これは私の独断なので無視していただいて結構ですが。。。軍人が政治に関わるとロクなことがありません。
東南アジアで発展を遂げた(と私が認識している)マレーシアやシンガポールは、その躍動期に軍人がトップになることはありませんでした(シンガポールはリー・シエンロンが首相になってしまいましたが。。。)。
それにしてもミャンマーの情勢にはがっかりです。かつてラ・ミントという経済学者が、輸出を原動力にして経済成長を促す、という理論を発表しましたが、そんなことができるようになるのはだいぶ先なのでしょうね。

毎日、非常に楽しくブログを拝見しております。
海外経験も、リサーチ経験も未熟な私にとっては、小説を読むような感覚で、読ませていただいております。おもしろい。
 いつか、社長が経験されたような気持ちを実感できるような仕事ができればいいなと。今はただそんな気持ちです。

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