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2012年10月 1日 (月)

お礼の墓参り

120909_1210~0012年前にお亡くなりになった、元CRC総研社長の高原友生さんのお寺が分かったので、元上司と2人でお墓参りに行って来ました。

高原さんは陸軍士官学校を卒業してビルマに赴任し、その後、東大法学部を卒業されて伊藤忠商事の常務まで勤められた方です。

山崎豊子の「不毛地帯」に出てくるエネルギー本部長の兵頭は高原さんがモデルで、伊藤忠商事の有力な社長候補だったとも聞いています。

そんなとても偉くて、自分より30歳以上も年長の方でしたが、ミャンマー(ビルマ)の仕事で一緒に海外出張に行ったのを切っ掛けに、目をかけていただくようになりました。

私が会社を始めるという時にも、何度か食事に連れて行っていただき、会社の経営や、組織運営について色々と貴重なアドバイスもいただきました。

ある時に2人で食事に行った時に、「君がやるビジネスはどんなものなのか?」と聞かれて、「インターネットで生活者を組織して、、、生活者の声を社会に、、情報共鳴型のマーケティングを、、」と説明すると、「何か良くわからんな。それはコンピュータを使うのか?」と言われるので、「もちろん使います」と答えました。

すると「コンピュータを使うなら数学の神様だから、秩父神社に行って拝んで来なさい!」と言われました。

「秩父神社ですか??」と不思議な顔をしていると、「自分は伊藤忠でエネルギーをやってきた。そして、いざ油田を掘るかどうかという時には、必ず火の神様である新潟神社まで行き、ご加護があるように真剣に神様にお祈りをしたものだ。君も会社を経営するならお祈りしてきなさい。」と言われたのを思い出します。

商社で火の玉社員と言われる活躍をし、大きな上場会社の社長や、情報サービス産業協会の会長も長らく勤めてきた方から「神様にお祈る」と言われて不思議に感じましたが、今になって高原さんが仰っていた意味が少し分かってきたような気がします。

こんな偉くて人格のある方から直接ご教授をいただいたこと、それは自分の人生にとってとても幸運で素晴らしい経験だったのだと感じています。

今回、恩人の墓前に花と線香をあげて、感謝の気持ちを伝えられて良かったです。

そして、高原さんに「何をしておるか!」と叱られないためにも、もっともっとマイボイスコムの経営をしっかりやらなくてはいけないと思いながら帰って来ました。

 

○高原友生さんの著書と略歴

商戦―伊藤忠 火の玉社員の半生記

悲しき帝国陸軍


大正14(1925)年岡山県に生まれる。東京陸軍幼年学校(42期)及び陸軍士官学校(57期)卒業。歩兵58連隊)に所属、ビルマに赴き連隊旗手。中隊長(中尉)。昭和21年復員後、東京大学法学部卒業。伊藤忠商事に入社。常務取締役、中近東総支配人を経て、センチュリリサーチセンタ(現CRC総合研究所)社長となる。情報サービス産業協会会長を長く務めたのち、日本・ミャンマー商工会議所ビジネス協議会会長を務めた。

 

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