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2018年2月27日 (火)

米国調査

試行錯誤で未経験の仕事にチャレンジすること、そんな機会が増えてくると思うので、あと少し自分の経験を紹介します。

自分がCRC総研というシンクタンクに入ったのは25歳の時でした。

最初は計量モデルを構築する仕事をやっていて、1日中、統計データを整備し、重回帰分析で色々なセクターの構造式を作り、それを連立方程式にしてシミュレーションを回す仕事をしていました。

毎日朝から晩まで方程式を作り、数字をいじる仕事に興味が感じられず、強く希望して2年目にチーム員が5人の産業調査チームに引っ張ってもらいました。

そこで初めて産業調査やマーケティング調査に関われるようになったのですが、そこにはプロパーの社員は課長ともう1名の2人しかいなくて、残りの3人は銀行とゼネコンの出向社員でした。

誰も調査のことを教えてくれることもなく、自分で営業し、自分で仕事を作ってやってくれ。という様な環境で自分のリサーチャーの仕事が始まりました。

そして、会社に入って2年目、このチームに移ってまだ1年目に、伊藤忠商事さんから「米国レジャーランド調査」の仕事を受注しました。2週間の米国出張に行き、色々なレジャーランドを回り、資料を集めてレポートを作り、部長さん以下の関係者に報告するという仕事でした。

最初は伊藤忠さんの社員が一緒でしたが、彼は5日ほど一緒でしたがニューヨークに着いた夜に「高井さん、自分は急用ができたので明日帰国する。悪いけどここからは1人で回って来て下さい。報告は〇日頃までにお願いします。自分はこれから友人と飲みに行くので、悪いけどホテルには1人で戻って下さい。」と言って店を出て行きました。

それがニューヨークの夜中のラーメン屋さんでした。

商社マンにとっては当たり前のことだったのでしょうが、何も夜中のニューヨークで1人放り出すことはないよなあ。と不安たっぷりでタクシーを取り、ホテルに帰って、翌日からのスケジュールを見ながら「何とかしなくちゃな」と奮起しました。

それから10日ほど1人で6都市を回って、関係資料を集め、沢山の施設の観察調査をしてから帰国して、自分1人で手探りでレポートをまとめて報告会に臨みました。

この時も誰も手助けなどしてくれませんでした。どうすればよいか考えながら、資料や本を読みながらレポートをまとめたので、おそらく50点くらいの出来の悪いレポートだったと思いますが、何とかやりきって請求書を出させてもらいました。

自分の26歳、入社2年目の実話です。

これなどもその後の自信や度胸付けにはなった気がします。

今から考えると技術も経験もない素人に、かなりの背伸びする仕事を与えてもらって良かったと思いますし、その時の上司(故人)にも、伊藤忠さんにも感謝しています。

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