事業化調査
インターネット事業部はほとんど知らない人ばかりで、こちらが挨拶してもほとんど返事もありません。「こいつ何者?」という冷ややかな視線を感じました。事業開発室は私と某商社から出向中の亀田さんの2人だけでした。亀ちゃんがハチャメチャで明るいのが救いでした。
インターネットを活用した事業構想を考えましたが、自分はインターネットのことを全く知りません。どういうシステムを作ったらよいか、どうやってモニターを集めたらよいかも分かりません。誰かインターネットのことを教えてくれる人はいないか、と考えて思い浮かんだのが伊藤忠インターネットに出向中の岡島君でした。彼に相談してみるか。岡島君を八重洲の焼き鳥屋に誘って「こんな商売をやるので協力してくれないか」と頼みました。岡島君は「面白そうだからいいよ」と言ってくれたのですが、こんなに長く関わることになるとは思っていなかったでしょうね。人生は本当に分かりません。
システムを作ってくれたのが藤井さんと籾木さんでした。500万円の予算のうち300万円を払ってこんなものを作って欲しいと頼みましたが、「何を言っているか分からん!」と何度も怒られました。ただ2人は腕が良かったので「分かった」と言ったら3週間くらいで簡単なシステムができて、98年6月からモニター募集を始めました。CRCの天気予報サイトにバナーを出したり、少ない予算から数万円を捻出してメール広告を打ったりして、何とか1ヶ月で約1,500人のモニターを集めて、7月に第1回の定期アンケートをやりました。回答者数は1,033人と少なかったですが、回答率は69%もありました。
依頼メールを送ってしばらくすると回答が入って来るのがとても不思議でした。そして、そのデータを分析してみたらちゃんと傾向がでて、レポーティングが出来ることに喜びました。FAも郵送調査と比べものにならない位にリアルな意見が詰まっています。すごいなあ、これなら役に立つサービスになるかもしれないなあ。本当にインターネットでちゃんとした生活者の声が集まるんだなあ。ほとんど毎日終電でしたので疲れていましが、この頃は毎日感動し興奮していました。
そして翌月に2回目の定期アンケートをやりました。モニター数は4千人に増えていました。この時はモニター情報はデータベースではなく、テキストで管理していて、必要なメルアドをコピーしてBCCに貼り付けて送っていました。登録者が間違った形式で登録するとメールが途中で止まります。それを1つ1つのメルアドを目で確認して、修正しないとメールが送れません。夕刻からメールの作業をしましたが、4千件のメルアドを目視するのに3~4時間がかかり、夜中の11時頃に配信が終わって帰りました。
次の日、悪夢が起きていました。前日にメールを送り終わった直後にシステムがダウンしていたんです。アンケートをお願いしたのに、システムが止まって回答できない状態です。メールを開いたら200件位のクレームが来ていました。「どうしたのですか」という内容が多かったですが、中には「ふざけるな!」的な厳しいメールも沢山ありました。「あ、これで終わってしまったかもね」と岡島君と話をしたのを覚えています。4千人もの人に迷惑をかけてしまった。これでやっと築いたパネルが壊れてしまう、そんな失望を感じながら、1人1人にお詫びのメールを打ちました。この日は1日中お詫びのメールを書いていました。
翌日メールを開いて驚きました。100人位の方から返事が来ています。それも「返事がもらえるとは思っていなかった」、「そんな事情でしたら了解です」、「1人でやっているのですね。大変ですね」、「これからも応援します!」的な暖かいメッセージばかりで嬉しくて涙がでそうになりました。そして、インターネットは乾いた世界ではない。ちゃんと思いや気持ちが伝わる世界なんだ。モニターは大切にしなくはいけない。モニターとの信頼関係がこのビジネスの基本なんだ。そんなこと実感した出来事でした。
私はいつも社員に「当社はメンバー(モニター)第1、クライアント第2」位の気持ちでやって行こう」と話をしています。クライアントからはお金をいただくので、どうしてもそちらを向いてしまいますが、当社にはお客様が2種類あります。1つはお金をいただく「クライアント」で、もう1つはご意見をいただく「メンバーの皆様」です。メンバーに信頼していただいて、きちんとした回答をいただけなければ、当社のビジネスは成り立ちません。当社の社員はそのことを心に留めて、メンバーに感謝して業務にあたってほしいと思います。
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