産業調査チームと言っても
そんな訳で根回しの甲斐あって2年目には産業調査チームに異動となりましたが、そこは出向者が2名、プロパーの研究員が3名のマーケティングリサーチの素人ばかりのチームで、仕事は伊藤忠や第一勧銀から来た案件がほとんどでした。提案書を書こうと思ったらそんな物ないというので「提案書の書き方」を買ってきて書きました。
CRC総合研究所は800人位の大組織でしたが、産業調査チームは5名の素人集団ですからできることは限られます。やっとアポを取って営業訪問しても野村総研や三菱総研と比べて何が強いの?、いつも頼んでいる大手調査会社と同じことできるの?とけんもほろろで、最初はグループ企業以外の新規開拓はほとんどできませんでした。
それで課長と相談して研究員を増強することにしました。その当時はシンクタンクは人気だったので個性的で有能なスタッフが集まりました。その当時のメンバーには、当社のリサーチ研修をお願いしているシャープマインドの松尾社長や、米国でMBAを取って国際協力銀行で活躍している都合君、同じくMBAを取ってニュージーランドでコンサルをしている中川君、CWニコルの友人で自然保護のコメンテータでTVにも出ている米国人博士のケビン・ショートさんなどもいました。皆自分の力で何かやるというプロ意識みたいな物は持っていたように思います。スタッフも10人ほどになりこれでやっと戦えるという雰囲気になりました。
ただスタッフが増えたら今度はそのコストに見合った仕事を取るのが大変でした。伊藤忠や第一勧銀から来る仕事では全然足りません。色々と営業をして不動産、建設、建材、流通、機械、通信、景観、リゾート、宝くじ等、取れる仕事は何でも取りました。調査手法も、アンケート、訪問ヒアリング、文献調査、統計分析、需要予測、委員会運営、海外調査など何でもやってみました。すべて手探りで、クライアントに教えてもらいながら、叱られながら、知ったかぶりしてしてやっていた感じです。納期に間に合わないと相変わらず徹夜で、シンクタンクの研究員(リサーチャー)は因果な商売だなあと思いました。
ただ、リサーチの仕事を5年位やって場数を踏むと自分の中の引き出しも増えてきて、クライアントの要望にも何とか応えられる自信が付いてきます。一生懸命にやった案件がクライアントに評価されて色々なご相談をいただく関係になったり、大手シンクタンクに企画コンペで勝ったりというのが励みでした。一生懸命にやればクライアントは分かってくれますし、色々な経験を積むうちに、技術力と自信が付いてくるようです。主体的に取組んだ経験こそが1番の力になるのだと思います。
次回から自分が経験して印象に残っているプロジェクトを、幾つか思い出しながら紹介してみたいと思います。
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