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2007年5月10日 (木)

会社の分岐点2

もう1つ当社の大きな分岐点は、グループ会社として生きていくのか、独立したパブリックな会社を目指すのかという選択だったように思います。

マイボイスコムはCRC総合研究所の社内ベンチャーで生まれました。最初の1年目はCRCの子会社で、2年目からは関連会社という立場でした。グループ会社は大会社の後ろ盾がある代わりに、経営や事業、人事の自由度は少なくなります。親会社の指示には従わざるを得ませんし、業務にも精通していない人が重要なポジションに来ると、プロパー社員が大変な思いをすることも経験していましたので、マイボイスコムはできるだけ主体的に判断できる会社にしたいとは考えていました。

切っ掛けはベンチャーキャピタル(VC)の投資でした。当社の資本金は3千万円で金融機関からの借り入れは禁止されていました。競合他社がVCや事業会社から投資を受けて、資本金が3億円、5億円となり組織拡大やシステム投資に取組んでいても、当社は資本金だけで勝負しなくてはなりません。堅実経営は非常に良いことですが、市場が急速に変化していく中ではちょっと問題があるように感じ始めました。VCさんからは以前からアプローチをいただいていましたので、事業審査を受けることにしました。

このあたりでCRCに相談をしたところ、そろそろ子会社になるか、独立してパブリック(株式公開)を目指すのか、白黒はっきりした方が良いという話になりました。連結経営とはそういうものだという説明を何度も聞かされました。私は関連会社のままパブリックを目指すのがベンチャー制度だと思っていましたし、設立時の社長とはそんな話もしていたのですが、新しく来た社長にはピンと来なかったみたいです。社長から「何でCRCがベンチャー制度をやってるの?」と聞かれてちょっと憮然としてしまいました。社長が変わると会社の方針も変わるのが常ですから。このあたりがベンチャー制度の難しいところです。

この時も色々な関係者が何とか当社をグループに残そうと働きかけてくれました。特に経営会議で「ちょっと待てや鎌田さん・・」と言われた鎌田常務は、当社の非常勤取締役を5年もやって、私や岡島君の苦労も見ていてくれたためとても親身に考えてくれました。その後、当社が管理部門の強化で困っていた時に、OBの竹村さんを「絶対に頼りになる人だから」と推薦してくれたのも鎌田さんです。人の繋がりや信頼は、個人の人生はもちろんですが、会社を経営する上でも大切なことだとつくづく思います。

色々な方々の協力や期待で会社ができましたし、6年間も頑張ってきて子会社に戻るのは忍びないので、独立路線を選ぶしかありませんでした。岡島君と2人で全財産を出し合ってCRCから株式を引き取り、VCから出資をいただくことにしました。私は住宅資金や教育資金もすべてかき集めてやっと資金を用意したので、うちの預金はスッカラカンになりました。嫁さんからは「家族のことはどうしてくれるの?」と叱られています。でもこれで会社の経営を主体的に判断できる環境と、新規事業やシステムに投資できる資金ができました。

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