経営会議での承認
事業化(F/S)調査の結果も踏まえて事業計画を出したのは98年10月でした。ただ大きな組織ですから判断してもらう手続きも大変です。まずは事業部で説明し、経営企画部で説明し、経営会議に答申したのは99年の2月になりました。
自分としては事業が成り立つ自信はありました。1年前の空想で作った事業計画とは違います。システムもあり、モニターも2万人近くいて、顧客も20社以上は開拓しました。売上も小さいながら毎月立っています。何とかやれるという自信が持てたのは、社内ベンチャーという立場で事業化調査をやらせていただいたお陰です。もし自分1人で資本金を1~2千万円をかき集めて会社を作っても、システムの外注費と事務所の経費だけですべてなくなり、自分の給与も出せなかったと思います。誰もいない事務所で半年以上も準備ができたかも疑問です。
経営会議の前は流石に緊張しました。自分がやれる自信があってもCRCの経営陣が何と判断するか全く分かりません。社長が「これはちょっと難しいなあ」と思ったら、それでこれまでの苦労は水の泡です。社長がどんな風に思われているのか、全く想像が付かないことがずっと不安でした。また他の役員も自分の事業に対する関心があるようには思えませんでした。
CRCは大きな会社でしたので、毎月沢山のテーマが経営会議で審議されていました。私のベンチャー制度の話なんて会社にとっては小さなテーマでしたが、私の人生にとっては大きな分かれ道になります。持ち時間は30分ほどでF/Sの結果と事業計画を説明して経営陣の判断を待つことになります。ダメと言われれば会社を辞めてもう1度始めからやり直すしかありません。何としてもGOの判断をもらいたい。そのために必要であれば土下座をしてでもお願いしたい位の気持ちで待っていました。
経営会議は広い円卓で役員と、各事業部の幹部や事務局など30人位が出席していました。私が1度も話したことのない役員もかなりおられます。とにかく一生懸命に説得しよう。そう思ってこの1年の成果と事業計画を説明しました。最初に口火を切ったのは以前の事業部長だった丸山常務で「彼に是非やらせたい」というような発言してくました。その後に4~5人の役員が発言をしましたが、全員が「新しいことに取組むことは良いことだ」という賛成の援護射撃でした。そして、最後に社長が「よく準備したと思う。まだ分からないことも多いが頑張ってみなさい」とGOを出してくれました。
その後で事務局である経営企画部の鎌田部長が報告しました。「では承認が得られましたのでCRCの社内ベンチャー1号として半年後を目処に新会社を設立します」、「資本金は3千万円、出資比率はCRCが80%、高井本人が20%、当面はCRCに経営責任がありますので、社名にはCRCの名称を入れて、社長はCRCの経営陣から出して高井君は専務取締役とします」という内容でした。この案は事前に鎌田部長から説明があり、会社ができるなら何でも結構です。と事前に了解してました。
その時に麻生社長が発言されました。「ちょっと待てや鎌田さん、これはおかしくないか。この事業は誰が考えて誰が準備してきたんや。全部高井君がやったことやで。何で高井君をを社長にせんのや。社名も彼に自由に決めさせるのがすじとちがうか。CRCの名前なんて入れる必要はないで・・・」、副社長も隣で頷いていました。社長と副社長はちゃんと約束を守ってくれた。これまでお世話になった役員の方達も皆応援してくれている。涙が出そうになるのをこらえながら、「ありがとうございました。精一杯頑張らせていただきます」と言うのがやっとでした。
新しい会社が出来ることが決まりました。色々な方々の協力と期待、そして誠意に携えられて会社ができることになりました。応援していただいた沢山の方々の期待に応えるためにも、マイボイスコムを絶対に発展させて、しっかりした良い会社にしたいと思っています。
今回は岡本がプレゼンさせて頂く側でした。今後も皆のアイディアを随時提案できるような制度があればと思います。
投稿: okamoto | 2007年5月 7日 (月) 09:48