米国MBA(2)
米国MBAでもう1つ思い出したことがあるので参考まで紹介します。
自分がCRC総研で働いていた時に、同じチームで勤務していた同じ年の同僚が、会社の経費で米国に渡って有名大学のMBAを取得しました。
彼は旧帝大を卒業していて頭も良く、自分も香港とイタリアに2人で海外出張をしましたが、行動力があり、英語も上手く、よく仕事ができる友人でした。
CRC総研には留学制度などなかったのにその時の高原友生社長が、将来の活躍に期待して特別対応で社費での留学を認めたようです。
高原さんは陸軍士官学校を出てミャンマーで敗戦を迎えて、終戦後に東大を卒業されて伊藤忠商事に入社してエネルギー分野で活躍した方でした。
私もミャンマー出張に同行してから目にかけもらうようになり、当社を起業する際には何度か2人での会食の機会を作ってくれて、食事をしながら会社とは、経営とは、社長とは、と色々なことを教えていただいた恩人です。
もうだいぶ前にお亡くなりになりましたが、よく天下国家の話をされていた方でしたから、彼の様な優秀な人材を伸ばしてやりたいと思ったのかもしれません。
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しかし、彼は帰国から1年も経たずに会社を辞めて、国の政府系金融機関に転職して行きました。
自分には「CRC総研では自分が米国で学んだ知識が活かせないから、、、」と言っていましたが、彼を認めて特別な機会を与えた社長の恩義や、数千万円という会社の経費負担をどう考えているのか、、と自分はその行動に疑問を感じました。
その後、彼はその政府系金融機関のマニラ駐在になり、帰国してから数年後に退社をして小規模なODAコンサル会社で勤務していたようです。
政府系金融機関は財務省と外務省のキャリア官僚の世界ですから、優秀でも、仕事が出来ても、MBAを持っていても、思うように働けなかったのかもしれません。
彼とはその後連絡が取れなくなり、その真偽は分かりません。
彼は彼なりの挑戦をしたということですが、社会で活躍するには有能で仕事が出来るだけでなく、人間の信頼関係の基本である「信義を守る」ことも重要だと長年働いてきて思います。
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