オクラホマ州副知事
CRC総合研究所は伊藤忠商事と第一勧業銀行が主な株主でした。
その関係で米国のオクラホマ州の日本事務所もやっていました。
その頃は日本の経済や企業は非常に強く、日本企業をオクラホマ州に誘致するのが主な目的で、そこの室長は伊藤忠商事から来た50代の方で、20代の英語が堪能な女性と2人の組織でした。
そんな仕事をしていたから、年に1回オクラホマから10人位の誘致ミッションが来て、3チーム位に分かれて企業回りをします。
そんな時にも2人ではどうにもならないから、シンクタンク部門の若手が2、3人駆り出されました。
そして、3、4人の米国人を連れてアポイントのある企業まで車で同行します。
こんな仕事は入社2、3年の若手が英語が出来るとか出来ない関係なく駆り出されました。
・
ある年に毎年のミッションとは異なり、オクラホマ州の副知事と開発部長が、姉妹都市の京都府に挨拶に来ることになりました。
そして、なぜ自分なのか分かりませんでしたが、その室長から「悪いけどこの日は自分が動けないから、高井君が2人を京都まで連れて行って下さい。」との話が舞い込みました。
「XX室長、私は英語も得意じゃないし、ちょっと荷が重い気がします」と言っても、「何を言ってるんだ。朝帝国ホテルに行って、Good Morning と言ってタクシーに乗せて、新幹線に乗せるだけだから何も難しい仕事じゃないし、君なら問題なくできるよ。もう君の上司の許可は取ったからやって下さい。」みたいな業務命令でした。
これが実際にはかなり大変な仕事で、新幹線の中では色々な質問はされるし、京都駅に着いたら京都府の副知事や秘書課長がホームで待っていて、片方の黒塗りの公用車に載せられたら通訳も求められるし、副知事同士の会談や会食の席にも座らされるし、国会議員の打合せや、裏千家のお茶会まで同席させられました。
それこそトラブルと緊張の連続で1日でくたくたになり、2人を帝国ホテルに送り届けてから、有楽町のガード下で死ぬほど酒を飲んで緊張とストレスを取りました。
そして、翌日オクラホマ室長に「XXさん酷いじゃないですか。死ぬほど大変な仕事でしたよ」とクレームをしたら、「2人は高井君が良くやってくてたと喜んでいたよ。君なら出来ると言っただろう、、」と何もなかったように言われました。
・
これってリサーチャーの仕事ではないですが、商社の若手社員はこんなことが日常茶飯事にやらされて鍛えられるのだと思います。
今となっては良い思い出ですし、一皮むけた仕事になりました。
やったことのない仕事でも、やれば出来ることは多いから、20代、30代で色々な業務に挑戦することはその後の職業人生にプラスに働きます。
私自身の経験からその様に感じています。
コメント