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2007年4月 9日 (月)

マーケティングリサーチの仕事

ちょっとイントロが長くなってすみません。社会人になって24年も経つのでマイボイスコムが出来るまでをもう少し語らせてください。

CRCでは経済計量モデルの仕事から始まりました。その当時のお客様は通産省と第一勧銀で、CRAY-1というスーパーコンピュータと1日中睨めっこでした。今ならパソコンでもできる計算を1秒いくらという非常に高いCPU使用料を取っていました。大きなコンピュータがないと経済予測も原子力や構造計算も出来なかったようで、私が入る少し前まではCRCの前にスーパーコンピュータで計算して欲しいとお客が並んだという話も聞きました。ちなみに竹村さんは人事部長や業務部長という要職を経験しておられますが、最初は科学技術部門の技術者で構造解析のプロだったそうです。ちょっと驚きでしょう。

その頃のCRCには伊藤忠や第一勧銀、国鉄(まだ国鉄でした)、清水建設からの出向者がいて、そんな人達とよく神田で飲みました。ある時おでん屋でかなり飲んでしまって翌日二日酔いで1時間遅刻をしました。プロパーの課長に飲みすぎて遅れてすみませんと伝えたら、「ああ良いよ」位でしたが、一緒に飲んだ5歳年上の第一勧銀の出向者から「二日酔いで遅刻なんて社会人として絶対許されないことだぞ。CRCは甘いからいいけど、今後は気をつけるように!」と叱られたのを覚えています。うちにもこういうお小言をくれる先輩が必要なのかもしれませんね。ちなみにこの人は今、みずほキャピタルにいて今でも時々飲んでいます。

1年ほど計量モデルをやって、これは自分には合わないなあと感じていた頃に、清水建設から来ていた先輩と飲みました。「計量モデルは自分には合わない」と愚痴っていたら、それならこっちに来たらどうだ、マーケティングや海外調査もあるからお前に向いているんじゃないかということになり、上司に掛け合ってくれました。その工作がうまく行って2年目には計量モデルチームを無事脱出して、産業調査チームに移りました。ここがマーケティングリサーチという仕事の出会いです。

考えてみると自分の人生は神田の飲み屋で方向性が決まったようなものです。この頃神田で飲んでいた人達とはほとんど今でもお付き合いしていて、色々と助けてもらっています。やっぱり若い時のノミニケーションや人間関係は大切なのかもしれませんね。

コメント

結構おもしろいじゃないですか!
高井さんとのつきあいは長いですが、私も知らないことばかり。
今後が楽しみです。

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