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2007年5月

2007年5月31日 (木)

MyVoice欧州

昨日は欧州企業の情報サービス会社の話をしましたが、皆さんは「MyVoiceヨーロッパ」があること知っていますか?下記のページを開くと同じロゴの英国の会社が表示されるので、参考までに1度見てみてください。

(MyVoice 欧州) http://www.myvoice.co.uk

マイボイスコムって小さい会社なのに何で英国に会社があるのか不思議でしょう。こちらは伊藤忠商事が出資しているある英国の会社があって、ここが6年前に日本に新しいネットビジネスを探すため日本にミッションを送ってきて、当社にも来社されました。そして、当社のビジネスモデルが1番面白いと興味を持ってくれて6年ほど前に設立した会社なんです。

ただ中心になっていた英国人に不幸などがあり、計画通りにビジネスが進まなかったため、現在は現地で働いていた英国人スタッフがMBOしてこの会社を経営しています。でもうちもまだほんの少々ですが株式を持っているので遠い親戚の会社ではあります。現在の経営者には会ったこともないですが、英国でも優秀なスタッフが頑張っていると聞いています。

地球の裏側で、同じMyVoiceのロゴのホームページや名刺を持った英国人が、ネットリサーチの商売をやっているというのは何だか面白くないですか。私達も彼らに負けないよう頑張って行きましょう!

2007年5月30日 (水)

欧州企業との協業

先週はある欧州系の情報サービスの会社のアジアパシフィックの責任者が来社されました。もともと英国で生まれた会社ですが、最初は欧州各国で展開して、次に米国に展開し、アジアにも2年前から進出して事業化の準備を進めているのだそうです。現在は全世界で20カ国近くで事業を展開していて、売上は3千億円を超えるといいます。

ビジネスの基本はリサーチも含めたマーケティング情報サービスです。そのような情報提供だけで国際的に事業を展開をして、大きな売上を上げていることが凄いと思いました。まだビジネスの内容を詳細に理解できていませんし、当社が協力できる分野かどうかも分かりませんが、しばらく情報交換を続けてみます。

外国企業との協業をどんどん進めるほど体力はありませんが、当社も変化が求められるステージにありますので、可能性のあることはすべて前のめりで対応してみるつもりです。事業開発室では米国のオムニチュア社との代理店契約を結んで、Webマーケティング事業の一環としてサイトカタリストというツールを使ったアクセス解析のサービスを始めます。これからうちもこの様な外国企業との協業ビジネスが増えていくかもしれませんね。

外国企業との協業ビジネスに取組みたい方がいたら私までご連絡下さい。

2007年5月29日 (火)

業界の動き

先週は同業他社の2人の社長とそれぞれ会食しながら情報交換をしました。両社とも昨年度は20~30%の成長率は確保できたようで、ネットリサーチの市場規模についても意見交換しましたが、おおむね250~280億円位ではないかという意見でした。市場の伸び率が厳しくなるということも一致しましたが、2社とも今期は20~30%増の計画のようです。それぞれ組織整備を積極的に進めており、1社は来年度30人の新卒者を採用していると聞いて驚いてしまいました。

また、インフォプラントさんとインタースコープさんの合併については、おそらくインフォプラントさんの特色が強い会社になるのではないかと見ています。インタースコープさんは非常に技術指向が強く、当社と同じく高付加価値サービスを目指した会社ですが、2社の特徴がそのまま残るのは難しいかもしれません。何れにしてもヤフーグループに300人規模のネットリサーチ会社ができてますので、当社としても気を引き締めて取組む必要があります。

2人と話をして、この業界はまだまだ立ち止まることが許されないことを改めて実感させられました。当社の中にも色々な課題がありますが、社内事情だけに囚われることなく、業界動向をよく見極めながら、積極的に対応して行こうと思います。皆さん、うちも負けないように頑張りましょう!

2007年5月28日 (月)

運動会

この週末は子供達の小学校で運動会がありました。運動会と言うと秋を連想しますが、何故かこの地域の運動会は春が増えているのだそうです。秋は行事が多いのと、暑さも厳しいので数年前から春に変更したようです。

父親のほとんどはビデオ係みたいなもので、プログラムを片手にあっちに行ったりこっちに来たりと結構忙しく走り回っています。それなりに一生懸命ビデオを撮ったのに、自宅でビデオを上映すると、顔が映っていないとか、逆光補正がされていないなどと文句ばかり言われるのですから割に合わない仕事です。

小学校の運動会で1番面白いのは、低学年のかけっこです。特にピカピカの1年生が必死の形相で一心不乱に走っているのはとても爽やかな感じがします。また太った子や、足の遅そうな子が必死に走って完走する様子などもちょっとジーンと来たりもします。長く複雑な社会で働いているせいか、純粋に頑張る姿が妙に尊く思えて、少しだけ心の洗濯になりました。小学校の運動会も1見の価値はありますよ。

2007年5月25日 (金)

小さな親切

先日営業で外出中にある地下鉄の駅で階段を下りてホームに行くと、同行していた3人がなかなか来ません。どうしたのかと思っていたら、岡本君が子供を連れたお母さんのベビーカーを階段で運んであげていたのだそうです。彼は以前、私と2人で営業に出ていた時にもベビーカーを運んであげていました。営業に出ている時は客先に遅れまいと先を急いでいますが、そんな時でも困っている人を見過ごさず親切に対応できることは素晴らしいと思います。会社は働いて収益をあげる場所ではありますが、仕事ができるだけでなく、人間的にも信頼できる善意の人が沢山いる会社が、本当に良い会社になるのではないでしょうか。

ちなみに、営業の河端君は一緒に営業に出ていた時に、地下鉄の階段の下から15段目位で足を踏み外して、目の前で落ちて行きました。あーっ、危ないと思って肝を冷やしましたが、見事なステップと受身で踊るように転がって行くのがスローモーションの様に見えました。下手したら大怪我をするところでしたが、運動神経が良いのでしょうか運が強いのでしょうかすり傷一つなくて本当に良かったです。階段と駅のホームの間で転がりながら楽しそうに笑っているのを見て大物だなあと妙に感心しました。何があっても動じないことも1つの才能ですよね。

この2人は何か似たところがあって、私には同じクラスターに見えます。個性豊かなスタッフが増えてこれからが楽しみです。余談ですみません・・・

2007年5月24日 (木)

経験者の知恵

当社のようなベンチャー会社は若いスタッフががむしゃらにやって、色々と模索しながら成長していくことが求められます。若い力で前に行くことを忘れたらその時から衰退し、皆が生き生きと働ける良い会社になることはできません。そういう意味ではこれからも30歳前後の若いスタッフが中心の会社でいたいと思います。

ただ、経験者の知恵やノウハウを活用させていただくことも大切なことです。竹村さんや遠藤さん、細木さん、本木さんといった大企業のOBの方に来て頂いて助かっていることが沢山あります。社長の仕事はいつも決めることの連続です。初めて経験することも多く迷ってばかりですが、そういう時にOBの皆さんからご自身の経験からアドバイスをいただくと判断の視野が広がります。それは経験者だから分かることも多く、会社の効率性とリスク低減に大いに役立っています。

先日、大手広告代理店で30年近くマーケティング業務に携わって、その後、大学で数年間マーケティングや市場調査を教えておられた方とお会いしました。3月に大学を定年になり、今までの経験を少しでも社会に活かしたいということでご応募いただきました。実務レベルの方の採用を想定していたため、最初はちょっと募集の主旨と異なると感じました。ただ、人事の経験豊富な竹村さんから「お会いする価値のある方では・・」、と言われて面接しました。

お会いしてみると確かにマーケティングやリサーチの知識や経験は豊富ですし、お人柄も物腰が柔らかくてとても感じの良い方でした。そして、現場に近いところで若いスタッフと一緒に議論し企画するような仕事を希望されています。当社のことも以前から知っておられて、大学の講義やゼミでよく当社の定期アンケートの結果を使っていただいたこともお聞きしました。

固定費の増加を考えると1人の社員を採用するのは大きな決断が必要です。最低限その方の具体的なミッションが明確になっていることが採用の条件だと考えています。ただ、この方の様な長年の経験者がおられると、企画提案の強化と、リサーチの付加価値向上につながり、当社の「顧客対応力の強化」と「高付加価値なリサーチサービスの提供」の方針に貢献いただけるかもしれません。よく話をして検討したいと思います。

2007年5月23日 (水)

マイボイス通信

先週からお客様を訪問する時に「マイボイス通信」をお持ちするようにしています。もう7社ほど提出しましたがとても評判が良いようです。

当社は高品質のリサーチサービスを提供することを目指して来ましたし、これからもその方針は変わりません。モニターのクオリティや、調査設計や分析、レポーティングのクオリティをしっかり担保し、自主調査のデータやネット以外の調査手法にも対応することで、お客様に満足いただけるサービスを提供して行きたいと思います。

当社のお客様は日本を代表するような会社で、マーケティングに強い会社が沢山あります。その様な大きな企業のマーケティングのお手伝いをさせていただき、ほとんどのお客様からリピートでお仕事をいただけていることは誇れることですし、自信を持って良いことだと思います。サービス業ではリピートを頂けるかどうかがお客様の満足度を測る尺度になります。そして、沢山のお客様からリピートの仕事を頂けていることは、皆が責任感とサービス精神を持って仕事に取組んでくれているお陰です。

私達のサービスは1度使っていただいたお客様には喜ばれていますが、最初にどうやってその価値をお伝えするかが大きな課題です。「私達のサービスのクオリティは高く、多くのお客様にご評価いただいています。」と言っても、他社の営業も同じようなことを言っていますので分かり難くなってしまいます。

それをM大学の教授や、A社やS社、T社の様な大企業のマーケティング担当者のご意見を提示できることで、私達の価値をしっかりとお伝えすることができるでしょう。営業の皆さんは是非、このマイボイス通信を有効に活用して、まだご縁のないお客様に積極的にコンタクトしてみて下さい。きっと良い成果が出るでしょう。

マイボイス通信の企画と制作に関わった皆さん、大変ご苦労様でした。

2007年5月22日 (火)

成長スピード

先日、当社が内定者と2人で食事に行きました。その方が現在働いている会社は、マザーズに上場しているのですが、経営は大幅な赤字になっていて、賞与も出なくなり急速に人員削減をしているそうです。調べてみると確かに昨年度はン十億円の経常赤字になっていて、従業員数はこの数年で半分くらいまで減っていました。上場で得られた資金で色々な事業に展開したのですが、それが今のところ裏目にでているようです。

その会社の事業分野はかなり幅広くて、一見するとあまり関連性のない分野も見受けられます。きっと上場したために、その上場資金に見合った成長が株主から求められるために多角化を急ぎ過ぎたのかもしれません。でも新しいことに投資し挑戦をしていかないと会社は成長しないのも事実ですし、経営の安定と成長のスピードやリスクのバランスを取りながら判断するところが経営の難しさです。

当社は経営的には安定していますが、この2年位は成長のスピードに課題があります。現在の当社の事業規模や市場環境を考えるともっと成長のスピードを速める必要があります。そのための体制作りと、岡本さん、吉村さんが準備を進めている「Webマーケティング事業」を始めとした新しい事業の創出も急ぎたいと思います。

2007年5月21日 (月)

EASEスタート

いよいよ今日から新システムの「EASE-フェーズ2」がスタートします。去年の10月から準備が始まりましたので、半年ちょっとかかってやっとここまで来ました。当初からこのプロジェクトのリーダーを務めてくれた秋野さんを始め、野尻さん、安井さん、浅山さん、堀岡さん、藤井さん、岡島さん、大変ご苦労様でした。

当社はこれまでシステム投資が遅れていました。資本金が少なくてシステム開発を外注できなかったこともありますが、何をどうシステム化すると効率性が上がるのか、働きやすくなるかを検討すること自体が遅れていたように思います。当社はリサーチャーによるコンサルティングが強みですが、やはりシステムでできるところはシステム化して、人的資源は人しか出来ない「考える」ことや、「お客様とのコミュニケーション」に振り向けられるような環境にしたいと思います。

EASEのデモを見させていただいてよく出来ていると思いました。今回のシステムでどの程度の合理化や生産性向上に結びつくかは分かりませんし、新しい業務フローに慣れるまでは1時的に混乱するかもしれませんが、会社として確実に一歩前進したと感じています。まずは全員で協力してEASEが順調に稼動するように調整して行きましょう。EASEのオペレーション対応では、来週から当面2名の派遣の方に来ていただいて、できるだけスムーズに移行できればと思います。

今期もある程度のシステム予算を計上しました。EASEが順調に動き出したらシステムチームと企画室を中心に今期の開発計画を立てて、次のステップに移して行きたいと思います。関係者の皆さん、引き続きよろしくお願いします。

2007年5月18日 (金)

採用面接

ここのところ週5~6人のペースで採用面接をしています。何とか早く今期の体制に見通しを立てたいので当面はこのペースで面接を続けることになりそうです。でも採用面接って本当に難しい仕事です。書類審査で10人に1人位に絞っていますが、それでも会ってみるまでどんな方か全く分かりません。誰でも良いところと弱いところがありますし、業務をちゃんとやっていただける方か、人間的に信頼できる方か、当社の雰囲気や価値観に合う方かなどをたった1時間で見極めるのですから大変です。

どんな方が入社していただけるかは会社にとって非常に重要なことです。また面接を受けている方にとっても大きな選択ですから、妥協で決めるわけには行きません。いつも真剣に面接に取組んでいるますが、だいたいはギリギリまで迷います。でもちょっとしたことで「あ、この人って良いなあ」とか、「この人はちょっと違うなあ」と思う瞬間があります。あとはその感覚が本当に正しいかどうかを確認しながら考えています。

でもいつも3人で面接をしていますが、8割位は全員の意見が一致するから不思議です。全員が別な感覚や価値観で考えているのに、この人なら一緒に働きたいという点ではかなり意見が一致するようです。面接はとても神経を使うので1日に2人もお会いするとかなり疲れますが、良い人に入っていただけるよう頑張りますので期待していて下さい。

これからも沢山の新人を仲間として迎えることになります。新しい方は慣れない環境で不安が一杯のはずですので、できるだけ自然に馴染めるよう、親切に対応してあげて下さい。意識的に声をかけたり、ちょっとした事を話しかけるだけでも良いと思います。そいういう心配りができる組織かどうかって、働く環境として結構重要なことだと思いませんか。全員で意識して良い雰囲気づくりをして行きましょう。

2007年5月17日 (木)

新卒採用

先週の朝会でも案内しましたが、今年から始めて新卒採用を始めることにしました。今年は完全に売り手市場ですし、4年生は4月中に半数くらい内定を取っているそうですから、GW明けからの掲載は完全に出遅れで、今年はあくまで実験だと思っています。ただ、先週から求人サイトに募集を出したら1週間で50人位の応募は来ているそうです。もしかすると良い新人が採用できるかもしれません。

昨年度は大企業の採用枠が大幅に増えたため、なかなか思うように採用が進みませんでした。逆に大企業や大企業のグループ会社などに転職するスタッフが増え、残った皆さんの負担を増やしてしまった年でした。それは他のベンチャー会社も同様で、ベンチャー会社の社長の会合では採用難や人材流出の話題が頻繁に出ていました。優秀な人材さえ確保できればもっと伸ばせるのに・・、そんな悔しい話ばかり聞きました。

そんな中で、新卒採用を行うと会社の雰囲気が変わり組織が安定するという話もよく聞きました。自分達よりも小さな会社で、もっと社歴の短い会社もけっこう新卒採用をやっていて、新卒採用をやっているベンチャー会社の社長に会うと、話を聞くようにしました。おそらく10社以上の社長と話をしましたが、ほとんどがやって良かったと答えてくれました。22歳や23歳の全く白紙の新卒社員が定期的に入ると、若い社員からしっかりした雰囲気になるんだそうです。新卒の社員と、他社で色々な経験をした中間採用の社員が、お互いが刺激になりハイブリットの強い組織になるのかもしれません。

即戦力の社員が必要でしたし、新卒社員が入ってきてもちゃんと社会人研修ができないのではないかと考えていました。ただ、当社が始めて働く会社という社員はこれまでに何名か入っていますが、よく見ると彼らは成長速度も早く、当社の文化にも良く順応してとても良く頑張ってくれています。それを考えるとあまり新卒だから難しいと考える必要はないのかもしれません。能力と意欲があって人柄も良い新人を、この会社の仲間として迎えて、自分達なりに一生懸命に教えて育てれば大きな戦力になってくれると思います。

先日ある会合でセプティーニの社長と話をしました。同社はネット広告で急成長している上場企業で社員も3百人以上いて、社歴が17年になってもまだ急成長しています。ここの社長は新卒で入社して10年位(33歳位?)と非常に若いですがしっかりした印象の人でした。同社の創業者はリクルート出身の方で、2年目から新卒採用を始めたそうです。その新卒採用者が数年後に会社の要所を占めるようになって、独自の文化が生まれて強い会社になったという話を伺いました。また役員会メンバーの7人中4人が1回会社を退社して戻ってきた人だという話も興味深く聞きました。リクルート出身者が沢山のベンチャー会社を成功させていますが、リクルート時代の新卒採用と若手人材活用のノウハウが活かせているのかもしれません。

来年度に新卒者が入社するかどうかはまだ分かりません。また入って来ても最初は白紙の状態ですが、まっさらな彼らに教える立場になることで、自分達が何かに気付くこともあるのでしょう。そんなわけで、新卒採用に挑戦しますので皆さん協力して下さい。

2007年5月16日 (水)

飽きない

商いは単調になりがちな毎日の仕事を、飽きないで続けるうちに成り立つと言います。でも私も30才くらいまでは毎年のように「もうこの仕事も飽きたなあ」と考えることがありました。特に仕事が一段落してちょっと暇になり、色々と考える余裕がでる時期に漠然と考えていたように思います。

シンクタンクの研究員(リサーチャー)の繁忙期は12月頃から3月にかけてです。特に3月は官公庁の受託調査の納期が重なるので毎年悲惨な状態になります。そして4月は残務や清算業務をやりGWで少し骨休みをして、5月の丁度今頃がぽっかり仕事が空いている状態でした。それから秋にかけてクライアントに企画を出したり、コンペに参加して仕事を取るための営業をやっていました。ですから丁度今頃の季節に、何かもっと面白くて遣り甲斐のある仕事ってないのかなあ、と漠然と考えていたのだと思います。

それでもこの仕事を続けてこられたのは、これまでの延長線上では出来ない大きな案件や難しい案件が時々入ってきて、その忙しさに対応するうちにいつの間にか悩んでいたことも忘れてしまったからかもしれません。それから徐々に後輩を指導する立場になったり、重要な仕事を任されるようになったりと、社内でのステータスが変わると少しだけ見える視野が広がって、もう少しやってみるかとなりました。

まだマイボイスコムという会社はスタッフが50名程度で、組織や役職の機能もしっかりとしていませんのでキャリアパスが見えにくいかもしれません。しかし会社が成長を続けて組織が大きくなる中で、徐々に組織や役職の機能分化も明確になっていくはずです。そういう発展の過程で色々なステータスの役割や役職ができてきて、それを当社の中で実績を出して、誰もがその実力と人柄を認める人が重要なポストに就いて活躍できるようになれば、会社は自然に大きく伸びていくと思います。

歴史の古い大会社のように課長は早くても45歳以上というようなことはありません。これからも組織を積極的に拡大して、若い社員でも実力と実績があればどんどん重要な役職を任せる会社にしたいと思っています。そんな組織になるまでに、飽きずに商い(飽きない)を続けて仕事の実力を身につけておいて下さいね。

2007年5月15日 (火)

私達の仕事

私達の会社の仕事を説明するとしたらどうでしょう。「ネットリサーチ会社です」とか、これからの事業展開も想定すると「Webマーケティング会社です」という形になるのかもしれません。では何をするための会社かという視点で考えるとどうなるでしょうか。ネットリサーチをするためとか、Webマーケティングを支援するためとかになるのでしょうか。

私はアサヒビールの「すべてはお客様のうまいのために!」というキャッチフレーズがとても好きです。ビールを作り販売する会社ではなく、お客様の生活の中で「うまいなあ(→楽しいなあ、嬉しいなあ、生きているなあ、頑張るしかないなあ)」という瞬間を提供することをミッションと考えて、社員の皆さんが頑張っているのでしょう。

ではうちはどうでしょう。会社のコンセプトは「生活者と企業のコミュニケーションメディア」で、ミッションは「生活者の意見を企業に正しく伝えて、皆が喜ぶ商品やサービスが実現することを支援して、豊かな消費生活に貢献している」ことだと思っています。これをアサヒビールさんのようにキャッチコピーにしたらどうなるのでしょうか。「すべては生活者の豊かさのために!」でしょうか。これではちょっとパクリですね。以前、岡島君が「消費生活の民主主義を支援する仕事」と言っていましたが、これも良いところを突いていますがコピーとしては今一ですよね。誰か良いキャッチがあったら教えて下さい。私にはコピーの才能がありません。

仕事ってずっとやっていると2年か3年で飽きて来ると思いませんか。以前辞めた社員から「もう飽きてきたので別な仕事をやりたいんです」と言われました。気持ちは良く分かります。ただうちが3つ目の仕事で次で4つ目の仕事です。当社に転職する時も新しいことをやりたいと言っていました。私も20代の頃は同じような考えでしたから気持ちは良く分かります。この仕事をずっとやっていてどうなるんだろうか。もっと変化があり能力が行かせる仕事があるはずだと。ある仕事が自分に合う合わないということは確かにあるでしょう。ただ「ずっと飽きない会社や仕事」はないんじゃないでしょうか。仕事の基本は「飽きない(商い)」でやり続けるしかない面もあります。

例えばアサヒビールの営業の方であれば毎日毎日、小売店や飲食店を訪問してビールや発泡酒を売り続ける訳ですよね。見方からすれば単調でつまらない仕事です。「自分は何で毎日ビールを販売しているのか、これからもずっとビールを販売して何になるんだ」と考えたら嫌になるかもしれませんね。その時にお客さんがうまそうに自分の販売したビールをうまいと飲んでいるのを見て、ビールを売っているのではなく、喜びを売っているんだと思って頑張っているのではないでしょうか。

当社の場合はどうでしょう。「ずっとリサーチをしてどうなるのか」と思う時が必ずあると思います。そんな時は、ちょっと大げさですが「日本の消費生活が豊かになるために頑張っている」と考えてみるのはどうでしょう。あとはお客様であるクライアントの担当者ともっと会って、そのリサーチがどう活かされ、どう役に立ったのかを直接話す機会を増やすことが必要なのかもしれませんね。今は忙し過ぎてそういう機会が少ないですが、これから組織を整備していく中で、営業だけでなくリサーチやシステムの人達もお客様と接する機会を増やして行きましょう。

2007年5月14日 (月)

中小企業の公開

先程みずほインベスターズ証券が主幹事の公開会社と公開準備会社の集まりに行ってきました。1時間ほどのセミナーの後に300人位の大きなパーティが開かれました。みずほ銀行の頭取や役員、みずほキャピタルやみずほ信託、みずほインベ証券などの社長や役員などと、同社が主幹事会社の社長や役員などの集まりです。

こういうパーティは初対面の人ばかりなので結構疲れます。誰か近くにいる人で面白そうな方を見つけて情報交換をしたり、ビジネスの接点がありそうな会社がいないか担当者に聞いて紹介してもらったりします。沢山の美味しそうな料理があるのに、お寿司をほんの少し摘む位であとはずっと話しているので、お開きになる頃にはいつもお腹がすいています。料理の7割位は残っていて、いつももったいないなあと感じてしまいます。

ここで昨年度、新興市場に上場した22社の社長が壇上に上がって記念品を授与されました。年齢ははどう見ても20代という若い人から、60は超えていそうな方までおられます。職種も色々で、新興市場の公開会社というとITやインターネット、バイオなどのイメージがあるかもしれませんが、生花の会社やマンション販売の会社、投資向け不動産の会社、債権回収の会社など様々でした。へえこんな事業をやっている会社が公開するんだと興味を持って聞いていました。

最後に新規公開会社の社長を代表して、台東区にある婦人靴の卸販売の社長がスピーチをしました。年齢は60歳位で明るくバイタリティのある中小企業の親父さんという感じの方です。その方のスピーチとても印象に残りました。その会社はもう30年もやっているそうです。「以前は台東区に同業社が20社以上あったのですが28社が倒産して今は2社だけになりました。会社の寿命は30年で中小企業ほとんどは潰れてなくなる運命です。でも会社を潰れないようにするにはどうしたら良いかを考え株式公開に挑戦しました。公開できた今は資金も増え、信用や取引も増え、求人も順調になり、本当に潰れにくい会社になったことを実感しています。個人補償の借金もなくなりやっと安心して眠れるようになりました。公開準備は大変で証券会社は腹の立つことばかり言いますが、諦めないでやって良かったと思います。」という内容でした。

「潰れない会社にしたい」は公開の挨拶としては華々しさはありませんが、地に足の着いたとても良い挨拶だと思いました。中小企業の社長達から拍手喝采を受けていました。皆同じような事をいつも考えているのでしょう。たまたま隣のテーブルでしたので挨拶に行きました。反対側のテーブルにはみずほ銀行の頭取がいて、名刺交換の人が沢山並んでいましたが、私はその社長さんの方を選びました。見かけ通りとても楽しい方で、短い会話でしたがとても元気をいただくことができました。

2007年5月11日 (金)

サービスの品質

社員の皆さんにこの会社がどうやってできたか知ってもらいたいと思ったら、ずいぶん長くなってしまいました。途中で昔から知っている明石さんが「私も知らないことばっかり!」とコメントをくれたので気合が入ってしまったのかもしれません。会社の生い立ちや価値観を少しでも理解する材料になったでしょうか。もう25年近く働いているのでまだまだ紹介したい話題は山ほどありますが、徐々にご紹介したいと思います。

また若手の人から、今何が起きているかや、オフの話も紹介してほしいという意見がありましたので、肩の力を抜いてそんな話題も書いていこうと思います。いつも週末や深夜に自宅で書いていることが多いので、時々お休みをいただくかもしれませんが、時間のある時に覗いてみてください。小さな会社でも社長をしていると毎日色々なことが起きていて、楽しいことや驚くこと、困ったことや頭の痛いことなどが沢山あります。そんなことの1部を紹介いて行きます。

昨日人間ドックを受けました。最近、毎年2キロのペースで体重が増えているため結果はボロボロでした。当社が加入している健保はIT関連の若くて成長している会社が多いので財務状況が良く、専用の人間ドックの施設を沢山所有しています。そのため1日人間ドックは受付から1時間で終わり、2時間後には医師から結果を聞くことができます。施設は綺麗で食事も非常に良いので、受診は面倒ですがそんなに苦痛に感じません。以前、CRCの入っていた健保は財務状況も良くなく、人間ドックは医療機関の委託のため、検診時間は4時間くらいかかり、施設もきれいでなく、食事も貧弱で、結果も遅いため、いつも前日から憂鬱な気分でした。

同じ人間ドックでも、こんなにもサービスが違います。検査の機能的は同じですし料金も同じですが、サービスの質や満足度は全く違います。以前、経済産業省関連の仕事でパッケージソフトの品質評価を整理する仕事をやったことがあります。大学の先生や専門家の入った委員会を運営しながら評価基準をまとめました。この仕事で大学の先生から品質は「機能」、「性能」、「操作性」、「価格」を大分類として項目を整理すると良いとお聞きしました。

この2つの人間ドックは「機能」と「価格」は同じですが、「性能」と「操作性」が大きく違うのだと思います。結果が早くなくても、施設や設備がきたなくても、食事がまずくても機能的には健康診断の目的は達成できます。でもそのサービスを受けた利用者の印象や満足度は大きく異なります。機能は「できるできない」という最も基本的な要因で、性能や操作性は「どれだけ効果的で正確に気持ちよくできるか」という付加的要因になります。この付加的要因がサービスの満足度に大きく影響するようです。

ネットリサーチにとっての基本機能は「データが集められる」「集計や分析ができる」「レポートができる」ということでしょうか。「多変量ができる」、「テキストマイニングやデータマイニングができる」、「提案ができる」、「GIやCLTにも展開できる」というあたりが付加的な機能といえるかもしれません。付加的機能の充実は会社の営業力に影響します。

では、顧客満足度に影響する「性能」と「操作性」は何でしょう。「データの信頼性」や、「スタッフの技術や対応力」、「責任感やサービス精神」、「レポート表現の分かりやすさや」、「提案の適切さ」等があるでしょう。これらはそこで働く社員の意識によっても大きく変わるものです。当社の満足度を上げるためには、社員の「性能」と「操作性」を高めることが不可欠です。それには全員がプロ意識と責任感とサービス精神を持って業務にあたることしかありません。その集合体が会社の顧客満足度と収益を高めることに繋がります。各自のスキルを向上させて、満足いただけるサービスが提供できる会社を目指して行きましょう。

2007年5月10日 (木)

会社の分岐点2

もう1つ当社の大きな分岐点は、グループ会社として生きていくのか、独立したパブリックな会社を目指すのかという選択だったように思います。

マイボイスコムはCRC総合研究所の社内ベンチャーで生まれました。最初の1年目はCRCの子会社で、2年目からは関連会社という立場でした。グループ会社は大会社の後ろ盾がある代わりに、経営や事業、人事の自由度は少なくなります。親会社の指示には従わざるを得ませんし、業務にも精通していない人が重要なポジションに来ると、プロパー社員が大変な思いをすることも経験していましたので、マイボイスコムはできるだけ主体的に判断できる会社にしたいとは考えていました。

切っ掛けはベンチャーキャピタル(VC)の投資でした。当社の資本金は3千万円で金融機関からの借り入れは禁止されていました。競合他社がVCや事業会社から投資を受けて、資本金が3億円、5億円となり組織拡大やシステム投資に取組んでいても、当社は資本金だけで勝負しなくてはなりません。堅実経営は非常に良いことですが、市場が急速に変化していく中ではちょっと問題があるように感じ始めました。VCさんからは以前からアプローチをいただいていましたので、事業審査を受けることにしました。

このあたりでCRCに相談をしたところ、そろそろ子会社になるか、独立してパブリック(株式公開)を目指すのか、白黒はっきりした方が良いという話になりました。連結経営とはそういうものだという説明を何度も聞かされました。私は関連会社のままパブリックを目指すのがベンチャー制度だと思っていましたし、設立時の社長とはそんな話もしていたのですが、新しく来た社長にはピンと来なかったみたいです。社長から「何でCRCがベンチャー制度をやってるの?」と聞かれてちょっと憮然としてしまいました。社長が変わると会社の方針も変わるのが常ですから。このあたりがベンチャー制度の難しいところです。

この時も色々な関係者が何とか当社をグループに残そうと働きかけてくれました。特に経営会議で「ちょっと待てや鎌田さん・・」と言われた鎌田常務は、当社の非常勤取締役を5年もやって、私や岡島君の苦労も見ていてくれたためとても親身に考えてくれました。その後、当社が管理部門の強化で困っていた時に、OBの竹村さんを「絶対に頼りになる人だから」と推薦してくれたのも鎌田さんです。人の繋がりや信頼は、個人の人生はもちろんですが、会社を経営する上でも大切なことだとつくづく思います。

色々な方々の協力や期待で会社ができましたし、6年間も頑張ってきて子会社に戻るのは忍びないので、独立路線を選ぶしかありませんでした。岡島君と2人で全財産を出し合ってCRCから株式を引き取り、VCから出資をいただくことにしました。私は住宅資金や教育資金もすべてかき集めてやっと資金を用意したので、うちの預金はスッカラカンになりました。嫁さんからは「家族のことはどうしてくれるの?」と叱られています。でもこれで会社の経営を主体的に判断できる環境と、新規事業やシステムに投資できる資金ができました。

2007年5月 9日 (水)

会社の分岐点

2005年3月に6年目の決算が終わりました。この期末の社員数は30名で、アルバイトの方などを含めると38名になりました。売上は前年比46%増に拡大し、経常利益も8千万円強まで増やすことができました。経営的には良い状態でしたが、組織的にはこの頃が1つの分かれ道だったように思います。

前にも書きましたが社員が20人位の組織はまとまりが良く、仕事は厳しくても仲間意識を持って楽しく働くことができました。そして、20人位の組織であれば優秀な人材で前向きに仕事に取組めばすぐに結果は出せますし、専門家集団として高収益な会社にすることもできると思います。イメージ的にはデザイン事務所や設計事務所、SP会社等によくある「○○オフィス」みたいな会社です。私は個人的にはそんな働き方は嫌いではありません。

ただ、マイボイスコムは、ネットリサーチやネットマーケティングに取組むことを事業としています。この分野にヤフーさんや楽天さんインテージさんのような大会社が入って来た時点で、当社の「小さいけれども素晴らしい仕事をする高収益な会社」という選択はなくなったと思います。会社は収益を上げて継続し発展して行かないと、そこに携わる人達が幸せになることはできません。当社の立ち位置では、当社の強みをもっと強めて、会社を成長させて、他社に負けない力を付けていくしか選択肢はないと思います。

アタッカーズスクールの講師やベンチャー会社の経営者から、「30人から50人の時が1番大変だった」という話を良く聞きました。しばらく前に「告白」という起業の実話を綴った本がベストセラーになりましたが、ここでも50人規模になった時に色々なトラブルが発生したことが詳しく書かれていました。おそらく人間という生き物の本能から来る組織発展のセオリーなのかもしれません。昨年度は色々なトラブルが発生して、結果として社員の皆さんに辛い思いをさせてしまったことを心苦しく思っています。

今は小さな会社の良さが減ってきて、まだ大きな組織を運営するための組織力が築けていないのでしょう。そういう意味では今は組織が次のステップに展開するために必要な踊り場であり、さなぎから孵化する前の状態なのだと思います。そして、これを乗り越えた時により大きな仕事に取組める、もっと強い会社になれるのだと確信しています。色々と課題は沢山ありますが、次の飛躍に向かって頑張って行きましょう!

2007年5月 8日 (火)

小さな会社

マイボイスコムになって1番心配したのが、大企業が会ってもくれないのではないかということでした。CRC総研も知名度はありませんでしたが、社員が千人いて伊藤忠商事や第一勧銀のグループ会社です、とか言って何とか商売をしていました。それでも新規開拓は年に1社あるかどうかでしたので、無名で数名の弱小会社が電話をしても、アポも取れないのではないかと勝手に思い込んでいました。

でもそれは間違いでした。取引先や知人の紹介があればかなりの確率で会えましたし、オープンなテレアポでも結構何とかなりました。新しいネットサービスということで関心を持ってくれたこともありますが、皆さんちゃんと話を聞いてくれます。誠意を持って対応すれば世の中何とかなるようです。とにかく何処に仕事があるかも分かりませんので、1日3社は訪問することを目標に外回りを続けました。2年目の終わりの社員は8名で、営業はまだ私1人だけでしたが、売上は何とか1億1千万円まで伸ばすことができました。

この頃は社員の皆も仕事が入るのをとても喜んでくれました。とういうより仕事がなくなると会社もなくなるという不安があったので、仕事が入ると少し安心したのかもしれません。よく「もうすぐ今の仕事が終わるから、早く新しい仕事を取ってきて下さい」と発破をかけられて、そうか何とかしなくてはと営業に出かけました。そして数十万円の案件を取ってくると「今日の獲物はうさぎですね。こんなんじゃすぐ食べちゃいますよ。もっと大きな鹿とかマンモスとかを取ってきて下さい」なんて言われてまた営業に行きました。

漫画の「はじめ人間ギャートルズ」の親父さんか、映画の「男はつらいよ」に出てくる中小印刷会社のタコ社長みたいな立場でした。スタートアップ時のベンチャーってみんなこんな感じなのかもしれません。先行きは不安なのですが、気心の知れた者同士でコミュニケーションも良く、明るく前向きな雰囲気で働くことができました。誰もが当事者意識があり、それぞれが自分で自分の仕事を作って働いていました。誰が何をしていて、何で困っているかも何となく分かり助け合うことができました。このあたりが小さな会社の良さなのかもしれません。

ちなみに余談ですが、銀行では会社を設立して3年以内の社長は「非常に危ない人間」のカテゴリーに入り、十分な担保や収入があっても一切の貸し出しはしないそうです。銀行の基準では新入社員より社会的ステータスが低いのが創業時の社長だそうです。これから起業したい方は、銀行から住宅ローンを十分に借りてから設立することをお勧めします。

2007年5月 7日 (月)

スタートアップ

マイボイスコムは99年7月に設立しました。CRC総合研究所で準備を始めた98年4月が創業になります。この頃がネットリサーチの黎明期でまだビジネスが成り立っている会社はありませんでした。こういう事業が成り立つのか各社が模索を始めた頃でした。

CRCの社長から自由に社名を決めていいと言われて、マイボイスコムという社名を考えました。これからずっと使っていく社名ですのでこだわりを持った名前にしたいと思い何週間も迷って決めました。マイボイスはそのまま「私の声」ですが、個人の価値観にもとづいて主体的な消費生活を送る「生活者」1人1人の意見や要望を企業や社会に伝え、情報共鳴型マーケティングを支援する役割を果たしたいという思いで付けました。コムにはそんな役割を新しいコミュニケーションツールであるインターネットで実現するという意味を込めました。それから会社の理念として「生活者と企業のコミュニケーションメディア」というコンセプトも考えました。この時の考えや理念は今でも全く変わっていません。

会社といっても社員は私と出向で来てもらった岡島君と、契約社員で採用した五十嵐さんの3人だけでした。今までと同じ事業企画室の一角に机があるだけで会社の囲いもありません。まだCRCの1部署という感じでした。私が仕事を取って五十嵐さんに手伝ってもらいながら生産して納品する。岡島君にシステムの企画と運用を任せて、経理や給与計算等はCRCの子会社に委託しました。

大きな会社にいると分からないことが沢山あります。まずどうやってお金が入金してどうやって経費が支払われるのかが分かりませんでした。自分の仕事をすれば、あとは請求書や入金の確認は「誰かが」やってくれるものだと思っていました。でも「誰か」はもういません。営業から生産、人事や経理や総務も自分達でやる必要があります。

見よう見まねでワープロの請求書を作って送り、翌月にちゃんと入金が確認できた時にはちょっと感動しました。始めて働いて初任給をもらったような感じです。また、会社が出来て5年間はすべての請求書をATMから自分で振り込んでいました。社員の給与と月末の経費の入金がすべて終わると、今月もちゃんと義務が果たせたことに安堵しました。会社のお金の流れが分かって1万円、2万円という経費までちゃんと把握できないと、中小企業の経営は成り立たないことが良く分かりました。

お金は資本金の3千万円しかありません。CRCからシステムとモニターを原価で譲渡してもらい、会社設立のもろもろの経費も支払うと2500万円しか残りませんでした。これがなくなったら原則として会社は解散する約束でしたから、すべて倹約してやるしかありませんでした。1万円でも無駄な経費は使えません。色々と工夫をして費用を倹約しましたが、特にシステムは岡島君が藤井君と相談して30万円のパソコン1台とフリーウェアのデータベースで開発してくれたので助かりました。システムを知らない私がどこかに外注していたら1千万円以上はかかっていたでしょう。

別会社になっても何とか仕事は取れました。私と五十嵐さんだけでは人手が足りなくなり、CRCを辞めて家庭に入っていた服部さんに週3日の約束で来てもらい、藤井さんや明石さん永森さん鍛冶さんにも参加してもらって何とか小さな会社の形ができてきました。そして、1期目は9ヶ月間での決算でしたが、売上が4500万円で、小さいながら350万円の経常利益も出すことができました。

2007年5月 2日 (水)

経営会議での承認

事業化(F/S)調査の結果も踏まえて事業計画を出したのは98年10月でした。ただ大きな組織ですから判断してもらう手続きも大変です。まずは事業部で説明し、経営企画部で説明し、経営会議に答申したのは99年の2月になりました。

自分としては事業が成り立つ自信はありました。1年前の空想で作った事業計画とは違います。システムもあり、モニターも2万人近くいて、顧客も20社以上は開拓しました。売上も小さいながら毎月立っています。何とかやれるという自信が持てたのは、社内ベンチャーという立場で事業化調査をやらせていただいたお陰です。もし自分1人で資本金を1~2千万円をかき集めて会社を作っても、システムの外注費と事務所の経費だけですべてなくなり、自分の給与も出せなかったと思います。誰もいない事務所で半年以上も準備ができたかも疑問です。

経営会議の前は流石に緊張しました。自分がやれる自信があってもCRCの経営陣が何と判断するか全く分かりません。社長が「これはちょっと難しいなあ」と思ったら、それでこれまでの苦労は水の泡です。社長がどんな風に思われているのか、全く想像が付かないことがずっと不安でした。また他の役員も自分の事業に対する関心があるようには思えませんでした。

CRCは大きな会社でしたので、毎月沢山のテーマが経営会議で審議されていました。私のベンチャー制度の話なんて会社にとっては小さなテーマでしたが、私の人生にとっては大きな分かれ道になります。持ち時間は30分ほどでF/Sの結果と事業計画を説明して経営陣の判断を待つことになります。ダメと言われれば会社を辞めてもう1度始めからやり直すしかありません。何としてもGOの判断をもらいたい。そのために必要であれば土下座をしてでもお願いしたい位の気持ちで待っていました。

経営会議は広い円卓で役員と、各事業部の幹部や事務局など30人位が出席していました。私が1度も話したことのない役員もかなりおられます。とにかく一生懸命に説得しよう。そう思ってこの1年の成果と事業計画を説明しました。最初に口火を切ったのは以前の事業部長だった丸山常務で「彼に是非やらせたい」というような発言してくました。その後に4~5人の役員が発言をしましたが、全員が「新しいことに取組むことは良いことだ」という賛成の援護射撃でした。そして、最後に社長が「よく準備したと思う。まだ分からないことも多いが頑張ってみなさい」とGOを出してくれました。

その後で事務局である経営企画部の鎌田部長が報告しました。「では承認が得られましたのでCRCの社内ベンチャー1号として半年後を目処に新会社を設立します」、「資本金は3千万円、出資比率はCRCが80%、高井本人が20%、当面はCRCに経営責任がありますので、社名にはCRCの名称を入れて、社長はCRCの経営陣から出して高井君は専務取締役とします」という内容でした。この案は事前に鎌田部長から説明があり、会社ができるなら何でも結構です。と事前に了解してました。

その時に麻生社長が発言されました。「ちょっと待てや鎌田さん、これはおかしくないか。この事業は誰が考えて誰が準備してきたんや。全部高井君がやったことやで。何で高井君をを社長にせんのや。社名も彼に自由に決めさせるのがすじとちがうか。CRCの名前なんて入れる必要はないで・・・」、副社長も隣で頷いていました。社長と副社長はちゃんと約束を守ってくれた。これまでお世話になった役員の方達も皆応援してくれている。涙が出そうになるのをこらえながら、「ありがとうございました。精一杯頑張らせていただきます」と言うのがやっとでした。

新しい会社が出来ることが決まりました。色々な方々の協力と期待、そして誠意に携えられて会社ができることになりました。応援していただいた沢山の方々の期待に応えるためにも、マイボイスコムを絶対に発展させて、しっかりした良い会社にしたいと思っています。