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2020年12月11日 (金)

オクラホマ州の仕事

私が勤務していたCRC総合研究所は伊藤忠グループの会社で、その関係で米国オクラホマ州の日本事務所をやっていました。

オクラホマ室という部署で伊藤忠さんから来たベテランの室長と、英語が達者な秘書の2名で、日本企業をオクラホマに誘致する活動をしていました。

そして、3年に1回くらいオクラホマから10人ほどのミッションが来ると、人手が足りないということでリサーチャーも2、3人が駆り出されて道案内をさせられました。

これってリサーチの仕事なの?、という気持ちはありましたが、本人の意思は関係なく、こんな仕事が来たからこの週はそっちに回ってくれ位の感じでアサインされました。

その位は良かったのですが、ある時そのオクラホマ室長から「今度オクラホマ州の副知事が開発部長と2人で来日して、姉妹都市の京都府に連れて行くんだ。でもその時に自分は動けないので悪いけど高井君がアテンドして下さい。帝国ホテルに迎えに行き新幹線に載せてくれれば良いから」みたいなことでした。

「自分は英語も得意じゃないし副知事のアテンドは難しいと思いますが、、」と言っても「特に何も話すことないし、向こうのホームに京都府の人がいるから難しい仕事ではない。もう上司の許可も取ったから頼むね」という感じです。

しかたなく早朝に帝国ホテルに行って2人を迎えて新幹線に乗せましたが、京都がどうの、富士山がどうの、お前の仕事がどうの、コーヒーがどうの、、と頻繁に質問されます。

京都に付いたら京都府の副知事と秘書課長が迎えていて、2台の大きなハイヤーに分かれて乗れと言うので私はオクラホマの部長と秘書課長と一緒の車で、秘書課長が「この時期の京都は紅葉も綺麗で全国の学生が修学旅行で、、、」と話すのでそうなんだと思って聞いていたら、「と高井さん部長に説明して下さい」とのことでした。

そして、京都府が3人、オクラホマ州が3人の会食になり、そこのオクラホマ州側に自分も座らされての会談が始まり、京都府の通訳がいたのでただニコニコしていましたが、高級そうな料理も全く味がしない状態でした。

それから裏千家の家元のお茶会や、地元国会議員との会談もあって、京都から東京に向かう新幹線に乗って帰って来ました。

1日中緊張の連続でしたが、2人からは帝国ホテルで「グッドジョブ」と言ってもらって安心し極度のストレスを有楽町のガード下で何杯も酒を飲んで解しました。

次の日にオクラホマ室長のところに行って「越後さん酷いじゃないですか、、」と話すと、「2人ともとても喜んでいたよ。君ならできると思ってたよ」と気軽に言われて、やられたなあと思いました。

私が30歳くらいの時でしたが、リサーチャーでもこんな仕事も否応なくやらされたんです。

その時は死ぬほど大変でしたが、自分を鍛える良い仕事でした。

どんな仕事も無駄なことはありません。

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