熱海の軌跡
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先日の3連休は1人熱海で過ごしました。
木宮神社の御神木である大楠をお参りし、フェリーで渡った初島を歩いて一周し、サンビーチでビールを飲み、MOA美術館で絵画や美術品を鑑賞する3日間でした。
私は年に数回は1人旅をしています。
家族や友人と出掛ける旅行も楽しいですが、1人で色々なことを考えながら無計画に歩き回る旅もまた違った価値や楽しみがあります。
熱海は浦和の自宅から2時間ほどで行ける手軽さで選んだのですが、数年前に宿泊した時には潰れたホテルの廃墟が目立っていて良い印象がなかったです。
それが今回は廃墟が奇麗に整理されていて、サンビーチの周りでは新しいホテルが建設されているし、観光客も日本人と外国の方が沢山で、どこの飲食店も一杯でした。
街って変わるんだ、何が変わる切っ掛けになったのかな??
と思って検索したら以下の様な記事を見つけました。
1人のUターン者の活動が切っ掛けになって、「熱海の奇跡」と呼ばれるほど観光の活気を取り戻したのだそうです。
1人の人の情熱って凄い力があるものなのですね。
私達にも、意識と行動次第で不安や不振や問題を打破する力があるのだと思います。
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熱海の観光の歴史を振り返ってみる。観光需要のピークは高度経済成長時代の1960年代半ばで年間500万人以上が宿泊した。その後、増減を繰り返しながら徐々に減少し、バブル経済崩壊の1991年以降、急激に落ち込み、2006年には熱海市が「財政危機宣言」を発出。2011年にはピーク時の半分の246万人にまで落ち込んだ。
この凋落には複合的な要因がある。バブル崩壊によって多くの企業の保養施設が閉鎖され、企業の慰安旅行も激減。旅行市場のトレンドも団体から個人に変化していくなかで、宴会型宿泊から体験型宿泊に変わってきた。また、1990年代前半に発生した伊東沖での群発地震も観光客の足を遠のかせた。
熱海生まれで東京のコンサルティング会社に勤めていた市来さんが、故郷の未来に強い危機感を抱き、熱海再生の志を持ってUターンしたのは2009年のこと。どん底のときに、街づくりを手掛けるNPO法人atamistaを立ち上げた。
市来さんが、熱海再生に向けてまず問題意識を持ったのが「地元が地元を知らない」ということだ。特に熱海に多い別荘族は、かりそめの居住で地元のことを知らない。「熱海の人たちは地元にネガティブなイメージしか持っておらず、地元を楽しんでいないのが問題だと思いました」と当時を振り返る。
そこで、始めたのが地元の人が地元を楽しむ「熱海温泉玉手箱(オンたま)」プログラム。街歩き、温泉めぐり、農業体験、マリンスポーツ体験など、地域の人がガイド役を務めるツアーを仕掛けた。この取り組みは2011年まで約3年間続き、徐々に案内される方も、案内する方も地元に対する意識が変化していったという。地域の人が地元に満足を覚えれば、訪問者に対してホスピタリティーが育ち、訪問者の満足度も上がるという好循環が生まれ始めた。
市来さんたちの民間による活動とともに、熱海市も街の復興と観光需要回復に向けた取り組みを強化していく。すると、宿泊客数は2012年からV字回復。2017年には約310万人まで持ち直し、「熱海の奇跡」と呼ばれるほど観光の活気を取り戻した。
https://www.travelvoice.jp/20201108-147348
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