プライベート Feed

2015年8月12日 (水)

最先端の受付

Photo先日、栗田さんと電通さんに営業に行き、受付で手続きをしようと思ったら柏木由紀さんそっくりの受付嬢がいました。

もちろん本人ではなく、そっくりに作ったロボットでした。

人が近づくと体も動き、視線がこちらに動いて、若干表情も変わるような感じでした。

まだ受付の仕事はできないようですが、もう暫くするとこんな美人ロボットが手続きをしてくれるのかもしれませんね。

へえ面白いなあ、と思って一瞬猛暑を忘れることができました。

流石に広告代理店さんは面白いことやりますね。

今週も暑い日が続きます。皆さん、熱中症には気を付けて今週もお仕事頑張ってください。

2015年7月27日 (月)

夏祭り

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先週の3連休は地元、氷川神社の夏祭りでした。

35度の炎天下の中、5時間もビールを飲みつつ神輿を担いだので熱中症の一歩手前だったと思いますし、顔も土方焼けになって大変でした。

自分は3年前から町内会の青年部長をやらされていて、このところ減少している神輿の担ぎ手を増やそうと活動を続けてきました。

街中でチラシを撒いたり、口コミでメンバーを増やしたり、街のイベントで声をかけたり、お揃いのTシャツを作ったりのプロモーションを進めてきました。

その結果、青年部は去年の7人から21名まで増えて、全員が神輿担ぎにも参加してくれたので、お年寄りの役員達もとても喜んでくれました。

皆さんも普段は仕事が中心の生活で、地域コミュニティとの係りは少ないかと思います。

自分もそうでしたが、80歳の会長に無理やり頼まれて新設された青年部を任されたため、いやいや始めた地域活動でした。

しかし、徐々にメンバーも増えて、そのメンバーで色々と考えながらイベントをやったり、時々飲みに行ったりというのも意外に面白く、良いリフレッシュにもなっています。

また、若い人達から「高井部長、来年の夏祭までには青年部のメンバーを40名位まで増やしましょうよ。」などと言って、前向きに動いてくれるようにもなりました。

何でも新しいことを始めてみるのは面白いものですね。

皆さんも機会があれば地域コミュニティに参加してみては如何でしょうか。

2015年7月21日 (火)

プロ野球観戦

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お取引先の方から誘っていただいて、仕事の後で東京ドームで巨人戦を見てきました。

その会社は20人ほどの小さなシステム会社ですが、お客様の接待用に特別な年間シートを2席購入しているのだそうです。

そのお値段を聞いてちょっと驚きました。1シートで年間80万円、2シートで160万円もするのだそうです。

小さな会社では決して小さな経費ではありません。

でも試合をしている3時間もの間、ずっとお客様と2人だけで話ができるし、広い緑の空間で気持ちもオープンになるし、良い接待方法だなと感心しました。

社員同士の観戦は原則禁止で、営業の方が巨人戦があるたびに、お客様に「〇〇さんは野球はお好きですか。実は巨人戦でちょっといい席があるのでご一緒しませんか?」と電話をして、観戦相手を見付けるのだそうです。

こんな接待もお客様と親しくなるには良いかもしれません。

この会社にとっても年間160万円の出費は大きいと思うのですが、営業の差別化を考えての選択をしているということでしょう。

そのためか、この会社は設立20年で1度も赤字を出していないと聞きました。色々と営業に工夫をしながら黒字を続けているところは当社も見習わないといけませんね。

うちはサッカーが好きが多いから、今期の計画を達成して、埼玉スタジアムのレッズシートでも申し込みましょうか。この位は経営計画が達成できれば十分に出来ることです。

「適正利益」が私達がハッピーになるための基本です!

まずは2Qで1Q不足分を取り戻すことにベストを尽くして頑張りましょう!

2015年7月 6日 (月)

プチ贅沢

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先日の週末に82歳になる母親の誕生日のお祝いで、ちょっと奮発して帝国ホテルのランチバイキングに行きました。

自分は妹と2人兄妹で、それぞれの家族が全員揃って10名での賑やかな食事になり、母もとても喜んでくれました。

会社経営などをしているとどうしても平日の帰宅は遅く、この17年間の夕食は殆ど外食で家族と一緒のことはありませんでした。

また、土日も会社のことがいつも頭から離れず仕事をしているし、特に数字が悪いとどうしてもイライラしてしまうし、あまり家庭的な父親ではなかったようにも思います。

でも忙しくてしんどくても仕事に頑張っている毎日があるから、たまのゆったりした家族での時間がありがいものに感じられるのかもしれませんね。

久々に親孝行もできたので、高いランチ代も十分元が取れて満足でした。

2Qに入っていよいよ今期ビジネスも本格的な時期に入ります。

ONとOFFのメリハリを付けて、今週もベストを尽くして頑張りましょう!

2015年6月29日 (月)

ファゴット奏者

菅原 恵子

突然の女性の写真で、この人は誰??、と思われたかもしれませんね。

この写真の女性は、菅原恵子さんといってNHK交響楽団のファゴット奏者です。

そして、自分の小学校、中学校の同級生で、小学校の4~6年は吹奏楽部のトランペットを一緒にやっていて、県代表として虎の門ホールで一緒に演奏したこともある人です。

週末に彼女が地元でミニコンサートをするというので、5年ぶりに演奏を聞いて来ましたが、素晴らしい音色に感動しました。

「恵子ちゃん、N響で10年って凄いよなあ。頑張ってるよなあ。小学校のトランペットでは同じレベルだったと思ったけどなあ。自分もトランペット続ければ良かったかなあ。」というと、「高井君あの頃はうまかったと思うよ。」と言ってもらえて、喜んで帰ってきました。

もちろん、彼女は高校から音楽の学校に行って、凄く頑張った成果だと思うけど、人生は誰がどうなるか本当に分からないものだなあ。と改めて思いました。

音楽から全く離れている自分ですが、たまには彼女が出るNHK交響楽団の演奏でも聞きに行ってみたくなりました。

彼女はちょっと自慢の同郷の友人です。

2015年6月22日 (月)

弱肉強食

Photo以前も紹介したかもしれませんが、3つ上の先輩から頼まれて、4年前から大学時代のクラブ(野生動物研究会)のOB会幹事長をやっています。

最初は名簿もありませんでしたが、だんだんと会員も増えてきて、今では約200人のOBの集まりになりました。

そして、年に1度の山合宿には、現役の20歳ほどの現役の学生から、全国で色々な仕事に就いている50代後半のOBまで、毎年50人くらいが集まるところまで成長しています。

この過程で面白いと思ったのはFaceBookのグループを作ったことです。

こちらにも100人近いOB会の会員が登録していて、自然や野生動物に関する色々な情報を共有しています。

こちらは鳥好きが高じて15年前に大手水産会社を辞めて、環境調査会社を経営している先輩が投稿した写真です。

ハイタカという小型の猛禽類が、カケスという中型の鳥を捕まえて捕食している瞬間の写真です。

カケスの顔を見ると必死に逃げ延びようともがいているのが分かりますが、おそらくこの4、5分後には絶命して、ハイタカのおなかを満たしたり、その雛の餌になったと思います。

自然の中ではこの様な命がけの弱肉強食が営まれています。

人間の社会は取って食われることなどはありませんが、厳しいビジネス競争の中で戦っているという1面もあります。

命がけではないとしても、負けないため、充実した人生を歩むために必死になって取り組むことが必要なこと、それはビジネスの世界でも同じではないでしょうか。

仕事は楽ではありません。納得できる職業人生を歩むためには、知恵を絞り、汗をかきながら行動し、成果を出して成長するために頑張るしかないのだと思います。

6月に入って、HOYAさん(松野さん)、ハイアールさん(田井さん)、ゆうちょ銀行さん、日本生命さん、千葉銀行さん(小池さん)、などから大型案件も入って来ました。

私達全員がハッピーになるために、引き続き、皆で力を合わせて頑張って行きましょう!

2015年6月 8日 (月)

自治会活動

2_2皆さんはまだ地域活動などはしていない人が多いと思います。

私も5年前に今の家に引っ越すまでは、あまり地元の活動などには興味もなく、自分の仕事をしたり、自分の家庭のことで精一杯でした。

でも50代になると、子供も大きくなって手を離れて、仕事だけの世界で良いのだろうか、もっと別な社会との結びつきや、貢献と言うのもあるのではないかと考えたりします。

私は1丁目から2丁目に1キロだけ引っ越したのですが、周りに挨拶できる人もいないのは不自然だと思って、2、3回、自分から自治会のイベントに参加してみました。

地域の自治会は70代、80代のお爺ちゃん、お婆ちゃんが頑張っている世界でした。

そして、そんな中に自分から来る人は珍しいようで、80代の会長から気に入られてしまい「この地域を盛り上げるため青年部をを作るので、高井さんが部長をやってくれないか。」と頼まれてしまいました。

最初は面倒なことを頼まれたなあ、と思いましたが、引き受けたからには、ちゃんとやってみようと思って動いていたら、2年間でやっと20人ほどが集まるようになりました。

この写真は皆のアイディアで「ポップコーンマシン」を買って、街のイベントでキャラメルポップコーンと綿菓子を作って配った時のものです。

約300人の子供やお年寄りに配ったらとても喜ばれました。

そして、参加してくれた15人のお父さん達も楽しそうでしたし、地元選出の2人の国会議員とも自治会を通じて知り合いになることもできました。

何でも自分から動いて働きかけてみると、少しづつ成果も出てきて、面白くなってくるものです。

次の青年部の目標は、夏祭りの神輿の成功です。

2015年5月18日 (月)

富士山の眺め

Dscn0429_4Dscn0448_2山梨県の高川山を登って来ました。

秀麗富岳十二景に入っているだけあって、山頂からの富士山の景色は最高でした。

何故、日本人は富士山を見ると、清清しく凜とした気持ちになり、元気が出るのでしょう。

自分も山頂からの美しくて壮大な富士山を眺めながら、山に向かって手を合わせて、今期の事業計画の達成と、会社の発展のために、厳しい覚悟で業務に取り組むことを誓いました。

自分は自然が好きで、20代まではよく山を登っていましたが、最近は年に1、2回しか登っていません。

年齢が上がり、体重もすごく増えたので、4時間ほどの山登りでも体力ギリギリでしたが、お陰でとても良いエネルギーをいただくことができました。

今期の経営計画を着実に実行し、当社を良い会社に発展させて、社員の皆さんが幸せになれる会社にするために、自分も精一杯頑張りたいと思います。

まずは1Q決算の改善に向かって、気持ちをトップギアに入れて走って行きましょう!

2015年5月 8日 (金)

日経新聞を退社

先日、昔からお世話になっている日本経済新聞社のMさんが急にお見えになりました。

日本経済新聞社は大手町にあり、歩いて4、5分なので以前にも急に来られたこともありました。

Mさんは自分と同い年で、同じ浦和駅から通勤していることもあって、10年のお付き合いの中で、何度か2人で飲みにも行ったりもしています。

そして、日経新聞の月曜日の「サーベイ」の記事を、月に1回くらい当社がお手伝いをしていますが、そのお取引の機会を作ってくれたのもMさんでした。

そんなMさんなのですが、「実は急な話なのですが、この4月で日経新聞を辞めることにしました。今日はその報告なんですよ。」というのでちょっと驚きました。

そして、「実はこの春から筑波大学の大学院に入学して、学生に戻ることにしたんです。一般入試だったので受験勉強はかなり大変でしたよ。」というのでもう1度驚きました。

以前から南米に興味があり、南米の研究をやって、その分野で何かをしたいと考えていたのだそうです。

Mさんは大学の仏文科を出ていて、米国の大学にも留学していて、日経新聞のマニラ支局長もやっていたので、英語とフランス語が堪能です。

そして、5年前からポルトガル語も勉強していて、ポルトガル語もかなりできるので、日本語を含めると4か国語が使えるのだそうです。凄いですよね。

「60歳で定年してからだと新しいことに挑戦するエネルギーが足りないと思ったので、思い切って挑戦することにしたんですよ。」というMさんの挑戦に、驚きながらも感心して、応援したいと思いました。

そして、夏に2ヶ月ほど南米に行って、帰ってきたら浦和で飲む約束をしました。

大学の後輩になるMさんと、南米のを聞きながら、うまいお酒を飲めるのを楽しみにしています。

仕事を通じてこんな友人が作れるのも嬉しいことの1つです。

2015年5月 6日 (水)

GWでリフレッシュ!

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皆さん、GWはゆっくりできましたか。

たった5日間の休日ですが、この季節は天気も清清しくて格別ですよね。

自分は嫁さんと真鶴と湯河原に行きました。春の海は穏やかで、山の新緑も美しくてなかなかいいものでした。

綺麗な景色と、美味しい魚とお酒と温泉を楽しんで、すっかりリフレッシュすることができました。

自分にとってGWの休日は、1年間のリセットの時間です。

特に会社を経営するようになってからは、3月、4月で決算をやり、新しい組織体制や経営計画を作り、その進め方を戦略会議などで議論しているうちに4月も終わり、慌しいままGWに突入する。それが毎年の流れになっています。

会社が順調な時は良いですが、この2、3年のように厳しい決算になると、11月頃からは頭の中も、心の中も、仕事の悩みやストレスで一杯になります。

そのストレスを吹き飛ばして、新しい事業年度に向かって、そして、新しい経営計画の達成に向けて「よし、また新しい1年間をしっかり頑張ろう!」と、自分の気持ちを切り替えるのがGWの休日になっています。

自分もGWですっかりリフレッシュできましたので、気持ちを今期の事業に切り替えて、7日からまたベストを尽くして頑張って参ります。

皆さんもオンとオフをしっかり作り、来年3月までの長丁場をしっかり戦って行きましょう!

2015年4月28日 (火)

ふつうの中華屋だけど

2こんな感じの普通のもやしそばを、もう20年くらい月に1、2回自宅がある浦和駅の自宅から反対側に10分ほど歩いて食べに行っています。

その店はカウンターが6席と、4人掛けのテーブルが1つだけの本当に小さなお店で、あまり人通りの少ない住宅地にあります。

そんなところにわざわざ反対側なのに歩いて行くのだから、とても美味しい、隠れた名店なのかと思われるかもしれませんが、残念ながら味も普通だし、値段も普通で、繁盛しているお店ではありません。

では、なぜ通っているのか?

自分でもよくわかりませんが、それはそこを経営している65歳くらいのご夫婦がとても一生懸命で感じがよく、息子に店を継がせるために無理して店を改築したことを聞いて、そこに潰れてぼしくないなあ、という想いがあるからです。

とはいっても時々、夜中の10時過ぎに、酔っぱらいながらふらっと立ち寄るので常連客ではありません。

ご主人や女将さんと色々と話すわけでもなく、今日は寒いですね。とか、今日は天気が良かったですね。くらいのあいさつ程度しかしていません。

それでもなぜか、まだあのご夫婦は元気にやっているかな、息子さんは頑張っているのだろうか?と気になるお店です。

このお店も、当社も、ある意味では同じサービス業です。

私達もお客様から彼は元気で頑張っているだろうかとか、またできれば彼と仕事がしたいなとか、お客様に思っていただける関係を築けると良いですよね。

そんな親切、丁寧で、専門的なサービスが皆さんは提供できていますか?

また、その様な良いサービスができるようになるための努力と勉強をしていますか?

お客様から喜ばれ、継続して選んでいただけることが、長く仕事をしていく中での喜びと自信に繋がります。お客様からご評価いただけるように自己研鑽に努めて下さい。

2015年4月13日 (月)

江ノ島散策

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上野東京ラインができて神奈川方面にも直通で行けるようになったので、20年ぶりに江ノ島の海に行ってみました。

江ノ島なんて別にね、、という少し舐めた感じで出かけて来ましたが、綺麗な春の海原も見ることができ、少し船も楽しむことが出来てよいリフレッシュになりました。

そして、学生時代に合宿で来たことや、CRC時代に同じ部署の若手メンバーが6人ほどで集まって、自主的に戦略会議をしたこと等も思い出されました。

その時のメンバーはもう1人しかCTCに残っておらず、それもリサーチとは異なる管理部門にいるので、あの時の戦略会議は何だったのかな?などと考えてしまいました。

あれは20代後半だったと思いますが、今から考えると「この会社を、自分達の仕事を何とか良くしなくてはいけない。このままではいけない。」という気持ちで、休日返上で自主的に集まり、仕事や職場について議論したという事実や、そういう姿勢で仕事に取組んでいたこと自体に価値があったのかもしれません。

その時の1人は、その後、米国でMBAを取り国際協力銀行に移り、もう1人も米国に行ってMBAを取ってニュージーランドで働いています。

そう考えてみると、その時には結構ユニークで有能な人材が集まっていたのかもしれませんね。

本当に人生は色々です。。

そして、自分はこの会社を良い会社にするために、精一杯頑張ることだと思っています。

2015年4月 9日 (木)

組織理念の成功例

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次男が幸運にも(ほぼまぐれで)慶応大学に入学することになったので、半休をいただいて日吉の入学式に行ってみました。

入学生は約6千人で、学部によって午前と午後で3千人づつに分けての入学式でしたが、親や家族も沢山来ていたので午後の部だけでも1万人近い大きな式でした。

自分などは日吉まで会社から40分なのでちょっと半休で行けましたが、多くの親は遠方から集まっていたのでしょう。会場は凄い熱気でした。

私はあまり教育熱心ではありません。

子供は自分が納得した学校に行けて、楽しく充実した学生生活を送り、一生の友人を数名作れれば良い位に思っています。

でも慶応大学の入学式に行って、伝統ある学校とは凄いものだと感心し、勉強にもなりました。

それは塾長や教員の代表、卒業生の代表などが、福沢先生の建学の精神や、その理念のことを何度も発言し、それがこの学校の強さや伝統や拘りや繋がりになっている。ということを異口同音に述べていることでした。

そして、50年前に卒業した約4千人の卒業生にお祝いの招待状を出したら、全国から2千人以上の方がこの式に参加して、6千万円も学校に寄付をしていました。

若い青春時代を過ごした場所ということもあるのだと思いますが、150年以上前に作られた福沢諭吉先生の建学理念がずっと共感され、受け継がれていることに感心し、理念の大切さを改めて実感しました。

うちはその様なりっぱで伝統のある組織ではありませんが、会社の理念はあり、その理念に沿った会社にしたいと考えています。

そして、その凄い成功例を慶應大学に見た思いがしました。

私的な話で失礼しました。

2015年3月16日 (月)

ビジネスと神社

私がお世話になり尊敬している方の1人が、CRC総合研究所(前身のセンチュリリサーチセンタ(CRC))に入社した時の社長であった高原友生さんがおられます。

とても人間的にも立派な方で、伊藤忠商事の社長候補まで行ったバリバリの商社マンで、エネルギーの取引で世界中を駆け回っておられた方でもあります。

私は高原社長が終戦を迎えたミャンマーの開発計画調査チームの末席に加えていただいて、ミャンマー出張などにもご一緒させていただいて、面識ををいただきました。

そして、私が社内ベンチャーで会社を始めると聞いて、何度か2人だけでお酒を飲みながら「会社の経営とは、組織とは、、」というお話をお聞かせいただく幸運な機会もいただきました。

その高原さんから会社を始める前に食事に誘っていただき、「君のやろうとしている仕事はどんな商売なのだ。」というので、「インターネット上に生活者のコミュニティを作り、生活者の意見を、、、」と説明をしました。

すると「わしには良く分からんな。それはコンピューターを使うのだな。それならば数字の神様の秩父神社に行き、真剣に会社の成功と発展を祈って来なさい。」と言われました。

そして、「自分が石油を掘る事業に臨むときには、必ず火の神様の新潟神社に赴いて、石油が出るように必死に神様にお願いをしたものだ。君も神様のご加護をお願いして来なさい。」とアドバイスをしてくれました。

伊藤忠商事の社長候補にもなったビジネスマンが、「秩父神社に・・・、神様に・・・」というのが意外でしたが、尊敬する大先輩のアドバイスなので直ぐ週末に秩父に行ってお参りをしてきました。

そんな高原さんも数年前にお亡くなりになりました。

1度だけ墓参りにも行かせてもらいましたが、高原さんが仰っておらてた言葉の意味が16年も経ってやっと少し分かってきたような気がします。

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商戦―伊藤忠 火の玉社員の半生記

高原友生 大正14(1925)年岡山県に生まれる。東京陸軍幼年学校(42期)及び陸軍士官学校(57期)卒業。歩兵58連隊(新潟・高田)に所属、ビルマに赴き連隊旗手。中隊長(中尉)。昭和21年復員後、東京大学法学部卒業。伊藤忠商事に入社。常務取締役、中近東総支配人を経て、センチュリリサーチセンタ株式会社(現CRCソリューションズ)社長となる。現在、同社名誉顧問。情報サービス産業協会会長を長く務めたのち、日本・ミャンマー商工会議所ビジネス協議会会長を務める(この書籍が刊行された当時の掲載)

2015年3月 2日 (月)

近くの神社

1私の自宅から2分のところに昔からある古い神社があります。

今年は次男が大学受験であったため、受験があるたびに前日の夜とか当日の朝にお参りをさせていただきました。

お蔭様で何とか希望の大学に受かり少しホッとしているところです。

「きっとあの頃は自分の両親もこんな心配をしていたのだろうなあ」と、えらく昔を思い出して、改めて両親への感謝の気持ちを感じています。

また、この神社には自宅にいる週末には必ずお参りをして、当社の発展と繁栄と、私の家族と、社員の皆さんの健康と幸せを祈念しています。

もちろん、神様に祈れば何でも願いが叶う訳ではありませんし、祈るだけでは何も変わらず、しっかり考えて行動することが必要なことはよくよく分かっています。

でも一生懸命に祈ることで自分の願いや目標が明確になり、行動に臨む覚悟が強くなる様にも感じています。

マイボイスコムは自分にとっては子供と同じような存在で強い愛着があります。

そして、この2年ほどは病気にかかっている状態ですので、一刻も早く会社が健康体に戻れるように、業績改善に向けてベストを尽くしたいと思います。

皆さんも年度末の1番忙しい時期で大変だと思いますが、3月末までもうしばらくの頑張りをお願いします。

2015年2月 2日 (月)

ストレスコントロール

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4Qの多忙な業務ごたいへん苦労様です!

仕事をしているうまく行かないことや、大変なことが多く、悩みは尽きずストレスから逃れることはできませんよね。

そのストレスとどう向き合って、それをどう調整しながらうまくやっていくのかが大切なのだと思います。

こちらはうちで飼っている愛犬の「ゆず」です。

自分が休日にリビングで脚を投げ出して座っていると、必ず飛び乗って来て自分の膝に顔を乗せて居眠りを始めます。

動くと起こしてしまうのが悪いので、しばらくじっとしているのは辛いのですが、まったく安心して寝ている愛犬を見ていると、仕事の悩みも忘れさせてくれる癒しの時間になっています。

仕事は長く続けていくものですし、必ずうまくいかないことや、辛い時期というものがあるものです。

そんな辛い時にこそ、どうストレスをコントロールしながら、冷静に問題を解決するための方法を考えて、整理することが大切なのだと思います。

これから3月の年度末に向けては、1年で1番、忙しい時期になります。皆さんもうまく時間とストレスをコントロールできるように工夫をしてください。

年度末決算まであと2ヶ月ですので、お互いに協力し合いながら頑張って行きましょう!

2015年1月19日 (月)

MyVoice

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会社の忘年会のビンゴでもらった、元ファンキーモンキーベイビーズ加藤さんのファーストアルバム「MyVoice」を週末によく聞いています。

加藤さんがどんな気持ちでアルバムに「MyVoice」と付けたのかは分かりませんが、私も悩んで付けた当社の社名と同じなので親しみを感じます。

当社がCRC総合研究所の社内ベンチャーでやらせてもらえるかどうかを審議する1999年2月の経営会議でした。

当初に経営企画部から出された原案は、社名にCRCを付けて、社長はCRCの役員を当てるというものでした。

でもその時の麻生社長が「この事業は誰が考えてここまで準備し、誰がこれから苦労してやって行く事業なのか。株主のマジョリティがCRCだとしても社長は高井君がやり、社名も高井君が付けるのが筋ではないのか。その変更を条件に私はこの案に賛成です。」と仰っていただき、心の底から嬉しくて感動したのを今でも鮮明に覚えています。

私が当社の社名を「MyVoice」にしたのは、生活者の価値観や消費行動が多様化する中で、1人1人の生活者の意見や要望が社会や企業活動に反映されることに寄与し、役立つ会社にして行きたい。と考えたためです。

子供の名前を考えるときにも皆さん色々な願いや希望を込めて、沢山悩んで付けていると思いますが、その時にも何日もかけて色々な案を考え、何度も紙に書いて、これが1番、会社の理想の姿と役割に近いと思って付けました。

会社経営はなかなか思うようには行きませんが、会社を始めた時の初心を忘れずに、「生活者と企業のコミュニケーションメディア」というコンセプトに近付けるための努力を続けたいと思います。

小林幹事長、良いアルバムを選んでくれてありがとう!

2015年1月14日 (水)

風邪

先週は新年早々に酷い風邪をひいてしまい、腹痛と発熱と頭痛が厳しくて半休を取りました。

かかり付けの医者に行くと熱が38度以上あり、薬を飲んで静養するように言われて寝ていました。そのお蔭で翌日にはだいぶ体調も良くなり、やっと出勤することができました。

でも考えてみると会社を初めてもう16年ですが、風邪や腹痛で会社を休んだことは1度もありません。

夏休み、正月休みはちゃんと取っていますが、病気や怪我で休暇を取ったのは、親子サッカーで肉離れをして歩けなかった1日と、先日の1泊入院時の2日だけだったと思います。

丈夫に生んでくれた両親に感謝ですが、会社を始めてからはずっと会社のことが頭から離れず、少しくらいでは休んでいられない、という気持ちが強かったのだと思います。

そして、起業をした人の殆どが、そんな精神状態で風邪や腹痛くらいでは休まずに働いているようです。

私が1日、2日休んでも、もう当社は全く問題なく動くでしょう。

でも、それが分かっていても休む気持ちになれない、休んでなんかいられないという気持ちが抜けないのですから、起業とは因果な仕事です。

つまらない独り言ですみません。

もうすっかり良くなったので、会社を良くするために全力で働きます!

これから1年で1番忙しい時期に入りますので、皆さんも、風邪やインフレンザの予防に努めて下さい。

2015年1月13日 (火)

神田明神

Photo_2会社が始まった5日(月)にいつものように、会社の帰りに岡島さんと神田明神にお参りに行きました。

でもやはりすごい人出で1時間半くらいは待つようです。

毎年、そのくらいの時間は並んでお参りをして、「商売繁盛」のお札をいただいてきましたが、この日は体調が悪かったため日を改めることにしました。

お参りできたのは7日(水)でしたが、一生懸命に会社の繁栄と、社員の皆とそのご家族の健康と幸せを祈ってきました。

ここの事務所に移って来てからは毎年、神田明神にお願いに行っています。

今年は発熱と腹痛があって辛かったですが、何とか松の内にお参りができて良かったです。これできっと今年も良いご加護とご利益をいただけるでしょう。

今年が良い1年になるように、全員で気持ちも合わせて頑張って行きましょう!

2014年12月22日 (月)

経営のストレス

自分の大学時代からの友人が1年半前から米国駐在になり、1年ぶりに日本に帰るので飲もうという連絡がありました。

彼とはもう35年の付き合いで、社会人になってからもずっと飲み続けていますが、最近は東京→米国→東京→台湾→東京→米国と2、3年おきに日本と海外駐在を行ったり来たりしています。

そして、新しい名刺をもらうと米国法人の社長(President and CEO)で、本社の役員にもなっていました。

「お前も偉くなって大したもんだなあ。それで米国法人には部下が何人いるんだ。」と聞くと、社員が600名もいるというのでちょっと驚いてしまいました。

日本人は15人で、あとは全員がアメリカ人の会社を経営するのですから大変な仕事ですよね。

そして、しばらく飲んでいると「でもなあ、オレそのうち誰かに刺されるかもしれないわ。周りは治安も良くなくて殺人も多い場所なので、変なとこは歩けないよ。」と言います。

それは着任した時に経営が大赤字で、それを何とかするために本社から送り込まれたので、最初にやった仕事が100人もの社員のリストラだったからだそうです。

「解雇の多い米国とはいえ、10年も前から知っている社員もいたので、それはもう辛かったわ。でも赤字が大きくて誰かがやらないと会社が持たなかったので仕方なかったんだよなあ。」と言いながらぐいぐい酒を飲んでいました。

見知らぬ米国の地に単身赴任で赴いて、大きなストレスをかかえながら仕事をしているのが良くわかります。

そして、1年ぶりの日本も2泊3日での予算会議をこなして、また単身赴任の米国に帰って行きました。

小さな会社の経営も大変ですが、大きな会社の経営もまた違った意味で大変なのだなあと、友人の話を聞きながら思いました。

日本に帰ってきたら、温泉でも誘って慰労したいと思います。