2007年6月25日 (月)

新卒者内定

始めて新卒採用を行うことは前にお知らせしました。ベンチャー会社の経営者の集まりで新卒の社員が入って組織が良くなったという話を色々と聞いて、竹村さん本木さんにお願いして急遽募集を始めました。求人を掲載したのは5月の中旬で、来春の採用はもう終盤戦でしたので今年はトライヤルのつもりではじめました。

そして、説明会や面接を何回か行って先週2名の方に内定を出しました。中央大と金沢大の女性で、2人とも大学で社会調査を専攻しています。大学で学んだ知識を活かした職業に就きたいということで、リサーチ会社を第1希望に就職活動をしてきたといいます。まだ内定の段階ですので実際に入社いただけるかどうか分かりませんが、来て頂ければ歓迎したいと思います。

新卒の面接をやってみて、会社や仕事に対する純粋な気持ちがとても新鮮に思えました。会社説明会や面接などで何人かに参加をお願いしましたが、皆さん一様に「すごく新鮮ですね」「刺激になりますね」という感想でした。まだ何も分からないけど、一生懸命にやってみたいという気持ちの新卒社員が定期的に入ることが、組織全体の刺激になって、良い方向に向かうのではないかと実感しました。新卒採用は会社発展の1ステップになるかもしれません。

採用活動に協力してくれた皆さんありがとうございました。来春にピカピカの2人が入社するのを楽しみに待ちましょう。

2007年6月22日 (金)

競合企業の合併

同業のインフォプラントとインタースコープがの2社がヤフーに買収され7月に合併します。新しい社名が昨日発表されましたが「ヤフーバリューインサイト」という名称だそうです。ちょっと前から2社ともヤフーの子会社でしたが、社名が変わることで確かにヤフーの会社になったんだなあと実感しました。

これまで8年間も競合企業として認識していたインフォプラントとインタースコープの社名がなくなるのは個人的にはすごく寂しい気がします。両社の創業社長である大谷さん、平石さんとは面識があり何度か飲みに行ったりした仲なので複雑な思いもあります。彼らとはビジネス的には競争相手でしたが、まだネットリサーチがビジネスになるかどうか分からない時期に一緒に市場を作って来た仲間でもありました。

お2人はネットリサーチがやっと育ってきた2002年頃に、この業界の健全な成長のために協力し合おうと言って「インターネットリサーチ研究会」を設立して、平石さんが会長、大谷さんが幹事長を務められました。その頃はネットリサーチは調査手法として邪道という見方までありましたが、社会のお役に立てるサービスだということを証明しようと頑張っていました。

そんなお2人の作ったベンチャー会社が合併して、ヤフーの子会社になるということは想像も付きませんでした。個性や特徴の全く異なる2社が一緒になってどういう会社になるのかよく見ていきたいと思います。今回の2社合併は私にとって時の流れを感じる出来事でした。

2007年6月21日 (木)

営業の行動指標

先週の営業会議で、秋野部長から「1日3アポ、1商談を目標に行動しよう!」という行動指標が出されました。結果としての売上目標をどう達成するかということだけでなく、行動指標にもとづいて毎日の行動を計画することは大変重要なことだと思います。「1日3アポ、1商談」を続けるのは大変な努力が必要ですが、会社が勝って成長するために頑張って実行してほしいと思います。

プロセスがしっかりすると結果は付いて来ます。先日リクルート出身の方2人とお会いしましたが、そろって聞いたことは「リクルートの営業は売上のノルマはないが、訪問件数のノルマは非常に厳しい」というものでした。確か週に何件というリクルートグループで統一の目標件数があって、その件数をクリアできれば9割以上の人が売上目標を達成できるという理論で行動しているのだそうです。この様な営業のプロセス管理を徹底して進めているのがリクルートの強さなのでしょう。おそらく競合M社もこの理論で動いているのだと思います。

私も会社を始めた頃は毎日3件は訪問しました。どこの誰がネットリサーチを使ってくれるのか全く分かりませんでしたので、今から考えると全く見当違いな場所を回っていたようです。でもその結果、初年度は9ヶ月で決算でしたが1人で20社以上の新規顧客を開拓して、約5千万円の売上を立てることができました。あの頃は必死でしたので(今も必死ですが)、よく動いていたと思います。プロセス管理というより、走らないと3千万円の資本金がなくなり、この会社がなくなるという危機感で走っていました。

「1日3アポ、1商談」を実行するためには訪問シナリオや、営業ツールを組織として準備することが必要でしょう。それは秋野部長や田井M、上辻Mを中心に全員で知恵を出し合って進めて下さい。内門さんや長谷川さんも第1線に出られるようになって、やっと営業部としての体制が整ってきた今がチャンスです。ここを起点に組織的な営業の取り組みを始めましょう。

生産部門の方々も是非、この営業の新しい取組みを支援して下さい。全社で新しい流れを作るために、全社員が自分達のこととして協力してほしいと思います。よろしくお願いします。

2007年6月20日 (水)

細木さんに感謝

先ほどまで竹村さん、岡島さんと近くのすし屋で細木さんの快気祝いをしていました。職場でも退任のご挨拶をいただきましたが、細木さんは昨年度まで当社の監査役をお願いしました。2ヶ月ほど前に大動脈瘤の大手術をされたので心配していましたが、お元気なご様子を見て安心し、美味しいお酒を飲むことができました。手術は8時間もかかる大手術だったそうですが、すっかりお元気になられて本当によかったです。

細木さんが書かれた著書「商社マンのうちわ話」を読まれた方はご存知でしょうが、細木さんは伊藤忠商事で船舶部長まで勤められて、CRC総研の取締役営業本部長になりました。それから中国現地法人や子会社の社長をやって退任されたビジネスのプロです。ビジネス経験豊富な方に監査役をお願いしたいと思った時にまず頭に浮かんだのが細木さんでした。

細木さんはとても多趣味で前向きな方です。中国現法の社長だった時に病気になって時間ができたのを機に本を書かれました。田園調布に自宅があり、仲間で大きなヨットを持っていますが、もっと別な生活を楽しもうと退職後に山中湖の別荘を買われたそうです。そして、別荘で野菜を作ったらもっとうまく作りたくなり東京農大の園芸学科に社会人入学し、せっかく大学に入ったのだからと美術部に入って油絵を始める、というように常に前のめりに行動しています。これも商社で世界を駆け巡ってきた方の習性なのでしょうか。

そんな風にリタイヤー生活を楽しまれていたので、監査役は無理かなと思いましたが、赤坂の小料理屋でお願いすると「よしやってやる」とその場で快諾いただきました。それから2年3ヶ月豊富な経験からアドバイスをいただき大変助かりました。やっぱり自分で経験された方の意見は説得力があります。私の耳の痛いこともちゃんと言ってくれるのも助かりました。これも社内ベンチャーで起業したご縁ですが、ありがたいことだと思います。

これで会社は離れますが、今日もお酒を飲みながら「○○さんは素直でいいね」とか、「××さんは頭がいいから・・」とか社員を気に留めておられました。これからもずっと応援しているから是非頑張ってくれと言われています。これからも時々会社のイベントにきて頂こうと思っています。大先輩から叱られないようしっかりやって行きましょう。

PS; 皆で山中湖の別荘に遊びに来ないかと誘われました。別荘は260坪もあるそうです。有志で「細木さん手作りの野菜を食べる会」を結成しましょうか。入会希望者は高井まで!

2007年6月19日 (火)

クレームその2

一生懸命にやっても人間ですから間違えることはありますし、お客様から誤解されてしまうこともあるようです。また、人間同士の相性というか、コミュニケーションタイプの違いからクレームになることもあるので、どれだけ注意をしてもクレームをゼロにするのは無理なのかもしれません。それだけにクレームをいただいた時の対応が重要なのだと思います。

これまで長いこと仕事をやってきましたので色々なクレームも経験しました。明らかに当社のミスでご迷惑をおかけしている場合もありますし、また小さな行き違いや誤解が大きくなっている場合もあります。ただ、ほとんどのケース(95%位)は誠意を持って迅速に対応することで信頼を取り戻せたように思います。当社は良いお客様に恵まれていますので、もし何らかの理由でクレームになっても、その後の対応が間違っていなければ大きなトラブルに発展することは少ないと思います。

大きなトラブルにならないためにもう1つ大切なことは「こちらに非がある時に、言い訳をせずにまずはミスを認めて素直に謝ること」だと思います。もうかなり前の話ですが、当社がリクルーティングを受けたグルインで、6人の予定者のうち4人しか出席しないことがありました。他のグループでも人数変更や条件違いなどもあってお客様からクレームを受けました。その時に当社のスタッフが「4人でも大丈夫です。かえってこの位の方が良い結果になりますよ。」的な発言をしたためお客様を怒らせてしまいました。当社にとって大口のお客様でしたから担当者としては何とかうまく収めようと思ったのでしょうが、その言い訳が逆効果になりました。

翌日会社に出勤すると「A社の部長が激怒しているので直ぐに謝りに行って下さい。」というので状況を聞くとかなりまずい状況です。まだ入社して2ヶ月目の上辻さんがたまたま営業窓口だったため2人で直ぐに謝りに行きました。受付から連絡をするとその部長が出てきましたが明らかに怒っているのが分かります。部屋にも通してもらえずエレベータホールで「何をしに来たんだ」といって叱られました。「この度は当社の社員が大変失礼なことをしまして大変申し訳ございません・・・」と謝罪しましたが、「ああ大変失礼な態度だったよ」、「私が貴社を推薦したのに、あんないい加減な仕事をして、素人をごまかすような言い訳をされては私の面目は丸つぶれだよ。貴方のところはどういう社員教育をしているのか!」とかなりの剣幕でした。

その部長は当社を信頼して関連会社に推薦したのに、それが裏切られたと感じておられました。複数のミスも問題ですが、その後の対応に腹を立てているようでした。「信頼」や「信用」がビジネスで1番大切なことです。こちらの非を認めないでうまく収めようとしたことが信用問題にまで発展させてしまったようです。その時は出入り禁止も覚悟しましたが、その後の関係者の努力で何とか少しづつ信頼を回復したお陰で、何とか取引関係は続いて、今も沢山の仕事をいただいています。ただ大きなトラブルになってからだと本当に大変です。適切な対応をした時の10倍以上の労力やストレスがかかりますし、お客様の方も嫌な思いをさせてしまいます。

こちらのミスでクレームになった時には絶対に言い訳やごまかしをしないことが大切です。それでも組織的に誠意を持って迅速に対応すれば何とかリカバーできると思います。そのために皆で何ができるか考えて努力すれば良いと思います。そのことはよく覚えておいて下さい。

2007年6月18日 (月)

お客様のクレーム

先週はお客様から2件のクレームがありました。お客様からクレームをいただくのは年に数回ほどですから、週に2件というのはかなり特別なことです。お客様からのクレームと聞くと何があったのかと思い、「ドキッ」とするのであまり精神的には良くありません。

1つは先月の定期アンケートとお客様から頂いたテーマが似ているというものでした。当社の調査結果が日経ネットに掲載されたのをご覧になって、同じようなテーマで自主調査でやるのは如何なものかとお考えになったようです。ただ、こちらは多くの企業が関心を持つ一般的なテーマで、当社も毎年取り上げていて、調査項目も異なっていますので当社に落ち度はありません。そのため、服部さん、広岡さんが説明資料を作ってお送りし、翌日に田井さんがお客様を訪問して、事実関係を説明することでご理解をいただきました。また秋口に調査をやるのでまたお願いします。というコメントもいただいたと聞いて安心しました。

2つめはあるお客様から、同社が頼んだ調査のアウトプットに似たイメージ図が当社のサイトに掲載されているという内容でした。こちらも直ぐに関係者が集まって事実関係を調べましたが、確かにお客様に提出したレポートの図表に類似したイメージ図が掲載されています。そのままの転記ではありませんが、お客様のレポートから図表をコピーして、その中身を加工して作ったことは明らかでした。1枚のイメージ図ですから、どの企業が何を調べてどんな結果になったのかは分かりませんが、お客様の情報を扱う企業としては適切とはいえません。

こちらは直ぐに該当する図表の記載を削除して、事実関係をご連絡してこちらの不手際をお詫びしました。大阪の会社でしたができればご説明に上がりたいともお伝えしたところ、幸いなことにご理解をいただくことができて「今後は十分に気を付けて下さい。」という注意をいただくことですみました。そして、別件で相談したいので近いうちに打ち合わせをさせて下さい。というメッセージもいただきました。

クレームをいただくということは、当社に対する期待や信頼の現われでもあります。誠実に迅速に対応すればご理解いただけることも多いですし、組織的に対応することが不可欠です。関係者が集まって事実関係を正しく認識し、適切に対応して、同じ間違いを犯さないための方策を取ることで、これまで気付かなかった問題を改善する切っ掛けになることもあります。何かお客様からクレームがありましたら絶対に1人で抱え込むことなく、すぐに上司に報告するようお願いします。皆で知恵を出し合えばクレームをチャンスにすることもできます。

繰り返しになりますが、クレーム対応は、組織の問題として捉えて、誠意を持って迅速に対応するのが原則です。すべては組織の問題として捉えることから始まりますので、上司にすぐ報告することだけは忘れないで励行して下さい。よろしくお願いします。

2007年6月15日 (金)

従来型調査会社

先日ある大手調査会社の役員と食事をしながら情報交換をしました。この会社はリサーチの技術力がありネットリサーチへの対応もかなり進んでいて業績も順調のようです。ただ多くの従来型調査会社はネットリサーチ会社に押されて経営環境は厳しくなっていて、中堅はもとより大手の1部でも経営が苦しくなっているところがあるとお聞きしました。調査会社は人件費の固定費部分が大きく、資本のストックも小さい企業が多いので、売上が1割減るだけで決算が厳しくなり経営に響いてしまうようです。

私もちょっと前に当社とうまく組める従来型の調査会社がないかと思って、日本マーケティングリサーチ協会加入の調査会社の財務状況を20社ほど調べてみました。調査会社は労働集約産業ですので、そんなに収益性が高いとは思っていませんでしたが、大半の会社がほとんど利益が出ていないのを見て少し驚きました。特にこの数年は売上が下がっている会社もかなりありましたが、これもネットリサーチが急速に増えた影響なのかもしれません。

同社はネットリサーチにも取組んでいますので、ネットリサーチが今後どうなっていくのかについても色々と意見交換をしました。その中で、リサーチの経験もなくリサーチのセオリーも理解していない企業が乱暴な情報の取り扱いをしていることを危惧していて、ノウハウのある従来型調査会社がしっかりしたネットリサーチができる環境を作ることが大切ではないかと話をしました。同じネットリサーチを扱う企業として、しっかりしたサービスを提要することと、ネットリサーチ市場を健全に発展させるためにの協業について、継続的に話し合うことにしました。

長らく同じリサーチワークに携わった者同士だと、話の共通項が沢山あるので自然と楽しいお酒になってしまい、この日もついつい飲みすぎました。リサーチ業界全体が動いていますので、当社の方向性を見誤らないよう色々な関係者と情報交換をするのは私の大切な仕事です。ただ、どうしても食事をしながら話す機会が多く、飲みすぎ食べ過ぎになってしまうのが私の悪いところです。

情報交換と私の体重は正比例するようで、最近は恐くて体重計に乗れません。メタボリックを恐れていては会社の経営なんてできません! なんてね。酒好き社長の言い訳と偏見に満ちた意見でした。

2007年6月14日 (木)

銀行への提案

先週はあるメガバンクのブランド関連の部署に秋野さん長谷川さんと営業訪問しました。当社の取引支店の紹介でアポをいただきましたので、何か参考になる材料をお持ちした方が良いと思って「広告評価とブランドイメージに関する調査」という簡単な提案書を持参しました。こちらのメガバンクも沢山のTVCMや新聞広告を展開していますので、広告やコーポレートイメージの定点評価は必ず役に立つと思って、一般的なスペックでお持ちしました。

これまでの銀行は大蔵省主導の護送船団方式で差別化のできにくい環境にありました。そして、各社があまり独自のマーケティング戦略を考えて展開することができなかったため、一般生活者との接点がこれだけ大きいのにほとんどマーケティングリサーチをやってこなかった業種でもあります。また大きくて伝統のある強固な組織であるため、なかなか新しいことや前例のないことをやるのが難しいということもあったと思います。

私も会社の設立当初から何年かは大銀行には何度もアプローチしましたが、仕事が取れたのはたった1行だけでした。もう1行は7~8回は通って色々な提案をし続けいい線まで行ったのですが、最後は上が認めてくれなかったと断られてしまいました。訳の分からないベンチャーに頼むより、大手代理店に頼んだ方が失敗がなくてよい判断もあったのかもしれません。いづれにしても銀行は私が攻め切れなかった業種です。今回もうまく進むかどうか懐疑的な印象を持ちながら訪問しました。

しかし、実際に訪問して提案内容を説明するととても関心を示してくれました。丁度3ヶ月ほど前に初めてTVCMの評価を始めて、その時はある従来型の調査会社に頼んでネットリサーチをやったのだそうです。ネットリサーチに関しては当社の方が経験が豊富ですから、おそらくその時の彼らの提案よりも、当社の提案の方が良かったのかもしれません。後からメールでお礼を送ったら、近いうちに具体的な相談をしたいとの連絡をもらいました。また自分達は2~3年位のローテーションで全く違う部署に動いてしまうので、当社の様な専門会社が継続的にフォローしてくれると助かるとも言われました。

銀行も私が5年前に攻めていたころとはだいぶ環境が変わっているようです。かなり厳しい競争を繰り返す中でマーケティング分析の必要性が認識されたのかもしれません。うちは大手の生命保険会社や証券会社から継続的にお仕事をいただいている実績があります。銀行に対してもお役に立てるサービスは必ず提供できると思いますし、銀行さんの環境が変化していることは、当社にとって大きなチャンスだと思います。どんどん前向きに提案して行きましょう!

2007年6月13日 (水)

新人の成長

新人が成長しているのを見るのは個人としても会社としても大変嬉しいことです。最近成長したなあと思って見ているのは、この春にオペレーションチームからリサーチチームに異動した石橋君、鮎沢君、本さん、服部(あゆ)さんです。席が近くなって良く見えるようになったこともありますが、4人ともよく頑張っているなあと感じています。電話も積極的に取り、真剣に打ち合わせを行い、派遣やアルバイトの人にテキパキと作業指示をしているところは、昨年とは明らかに違ったステージで働いているように見えます。

昨年度に中堅社員が何人か抜けてしまったため、その穴を埋めるため背伸びをしてくれているのかもしれませんが、1番大きい変化は、お客様と直接やり取りをする立場で緊張感を持って仕事に取組んでいることだと思います。社内のスタッフに頼まれた作業をやるのと、お客様から頼まれた仕事を直接やるのでは仕事の質が全く違います。社内では間違っても「あっすみません」ですみますが、お客様の場合は「すみません」ではすみきません。業務の理解力も、アウトプットも当然のことですが高い次元が求められます。

それは大変ストレスのかかることですが、一方でその様な厳しい環境でないと仕事は身に付かないものです。私自身も沢山のお客様とのプレッシャーの中で、時には怒られたり冷や汗をかきながら自分の「引き出し」を増やしてきました。ただ、実際にはほとんどのお客様は良い方で、一生懸命に頑張って良いサービスを提供すれば喜んでくれますし、評価もして下さいます。そのことが仕事の励みになり、プロ意識が生まれるのだと思います。まだ経験が浅いので不安はあるかもしれませんが、頑張れば必ず成果は現れます。どんどんお客様と会って、話して、提案して欲しいと思います。

当社の発展は若手社員の皆さんの頑張り次第です。これからも試行錯誤が続くと思いますが、前向きに頑張って自分の仕事力を高めて下さい。それが結果的に会社の発展にもつながることになります。

2007年6月12日 (火)

Assumの導入

野尻さんから日本電子計算の集計ソフト「Assum」を導入したいという相談がありました。Assumは昔から調査会社などが使っている実績のある集計ソフトで、アンケートの集計業務に特化している分、SPSSよりも操作性が良いようなので試してみたいという提案を受けました。

すべての集計を直ぐにAssumに切り替えるのではなく、単純集計やクロス集計が中心の業務はAssumに切り替えて、多変量解析や、Clementineを使ったデータマイニングが必要な案件は従来どおりSPSSを使うことで生産効率を上げられるのではないかというイメージです。まだ実際に実務レベルでテストしてみないと分かりませんが、Assumの導入で多少なりとも生産性の向上が図れるのであればやる価値があると思います。

リサーチワークの生産性を上げることは会社として大変重要なことです。当社の費用構造は人件費の割合が非常に高いので、生産性が5%上げることができれば利益率で2%向上させることができます。また見方を変えれば残業を5%減らすことや、サービスレベルを上げてお客様の満足を獲得することに今より5%多く時間を使うことができるということもできます。サービスの質を上げることと並行して、生産性を向上させることも是非実現したいことです。

今回のイーズの導入で生産効率が上がることを期待していますが、そこにAssumも加えることでより作業効率が上がれば良いと思います。実際の効果は分かりませんが、やってみる価値はあると判断しました。効果がなければまたもとに戻せば良いだけです。お金はかかりますがそんなに大きな投資でもありませんのでやってみましょう。生産性向上に向かって変えていくこと、改善して行くことが大切です。これから数名でプロジェクトを組んで、3ヶ月くらいで導入検証を進めてもらうようお願いしました。是非、自分も検証に参加したいという人がいたら野尻さんまで連絡ください。

また、日本電子計算でAssumと連動した自動集計ツール(お客様がクロス集計等ができるビューア)の開発を進めているということも関心を持っています。当社は自動集計で勝負をする業態ではありませんが、営業からは自動集計ツールがないというのが多少のハンディになっているとも聞いています。そのため自社開発も検討していますが、当社の予算でどの程度のツールができるだろうかと迷っていました。専門の開発会社が取組んでくれるのであれば、そこに当社の要望を伝えて使わせてもらうのも1つの手だと思います。今のところリリースのタイミングは9月と聞いています。マクロミルさんのAIRSと勝負をするつもりはありませんが、サービスの品揃えの一つとしてこちらの「自動集計ツール」の導入も検討してみます。

この4月に企画室を作り野尻さんに室長をお願いしましたが、イーズの次期開発、外注先の検証、そしてAssum導入など、リサーチグループ全体を見ながら色々と改善提案してくれるので助かります。こういう現場からの改善提案の積み重ねが会社を良くして行くのだと思います。野尻室長これからもどんどん提案して下さい。よろしく頼みます!

2007年6月11日 (月)

成功はゴミ箱の中に

週末に「成功はゴミ箱の中に」という本を読みました。新聞広告でソフトバンクの孫さんとユニクロの柳井さんがビジネスのバイブルだという推薦があったので買ってみました。

話の内容はレイ・クロックさんという方が、マクドナルドを全米チェーンに発展させていく過程を紹介したものです。マクドナルドはマクドナルド兄弟が会社を作って発展させたとばかり思っていましたが、実はマクドナルド兄弟はカルフォルニアの郊外で1店舗のハンバーガー店を経営していて、その店が繁盛して豊かに暮らせることに満足していてチェーン化などは全く考えていなかったのだそうです。それをチェーン化して今のようなマクドナルドという企業に育てたのがレイ・クロックさんです。

レイ・クロックさんは、紙コップのセールスマン、ラジオ局のピアの弾きなどを経て、ミルクシェイクを作るマルチミキサーの小さな会社を経営していました。最初にマクドナルドに行った時はマルチミキサーの販売が目的で、それが清潔な店内、シンプルなメニュー構成、標準化された調理、セルフサービスによる効率化で大繁盛しているマクドナルドのお店を見て、これをチェーン化したら絶対にうまくいくと感じたのだそうです。最初はマクドナルド兄弟にチェーン化を勧め、そこに自社のマルチミキサーを置いて欲しいという提案でしたが、そんな面倒なことはしたくないというので、それならば自分にやらせくれということで始まったのだそうです。

面白いのはその時のレイ・クロックさんは52歳、外食産業には全くの素人で、資金も人もノウハウもなにもない「ゼロ」からの挑戦だったということです。このあたりがアメリカンドリームというか、常に成功に向かって挑戦するベンチャー精神を持った米国人の強さなんでしょうね。日本で52歳というと、そろそろ気力や体力も落ちてくるし、会社での先も見えてきて定年後の生活設計を考え始めるころですよね。それが繁盛しているマクドナルド店のシステムにピンと来て、これを全米チェーンにしたいという構想のもとで、何もないところから走り出して成功したのですから凄いです。

本には「Be daring(勇気を持って)」「Be fast(人よりも早く)」「Be different(人と違ったことをする)」ことが成功の秘訣だと書いてありました。この言葉をメモに書いて柳井さんは山口の小さな洋品店をユニクロに育てたのだそうです。マイボイスの経営にも是非取り入れて行きたい考え方だと思いました。ベンチャー精神を持って諦めずに挑戦し続けることの大切さを教えてくれる1冊でした。

2007年6月 8日 (金)

あるものないもの

最近会社で話をしていて気になることがあります。それは「○○がないから出来ない」という意見です。○○の中には色々なものが入ります。「人」「経験」「時間」「特徴」「見本」「知名度」「モチベーション」・・・、だから出来ないというような意見です。先日西郷君からも同じような意見を聞いて、やっぱり最近変わったのかなあと改めて感じた次第です。

当社はまだできて8年、スタッフ50人のベンチャーですからないものばかりなのは事実です。ただ、ベンチャーというのは経営資源が少なく、ないものや不足する環境の中で、何とかやりくりをしながら工夫をしながら成長を目指す存在です。ないものが多いのはある意味当たり前で、逆にそんな環境だからこそできることを見つけて楽しんでやっていくのがベンチャーで働くということです。

「○○がないからできない」と言うのは簡単です。でもそれで考えること、工夫すること、行動することをやめたら会社はダメになってしまいます。何と比べて「ない」のでしょうか、本当にそれが「ない」と行動できないのでしょうか。会社ができてしばらくはそれこそ何もありませんでした、人はいないし、お客様もゼロで、お金も設備もほとんどないし、知名度や経験なんて皆無でした。それこそ100%ないのもばかりでしたが、何とか工夫して前に出ようという気持ちだけでやってきて、沢山のお客様を開拓し、お客様に喜ばれて信頼を築いてくることができました。そしてそのプロセスを楽しむこともできました。

「何かがない」⇒「できない」では決してありません。「工夫しない&行動しない」⇒「できない」は確かです。何かがなかったり不足していても、その中で考え、工夫して、行動すれば、思った以上に人は聞いてくれますし、物事は動くものだと私はこの数年の経験から確信しています。もちろん「ないもの」や「不足するもの」を改善することも大切ですし、プライオリティを付けながら組織として1つ1つ改善に取り組むつもりです。皆さんは各自が考えて工夫して行動してください。その2つがうまく融合することで大きな前進が生まれるはずです。

大会社や歴史のある会社と比べると当社には沢山の「ないのも」がありますが、歴史がある大企業に「ないもの」も沢山あります。それは生活の面では安定しているものの10年先、20年先までやれることが見えてしまうことや、自分が関われることや貢献できる範囲が限られていること、系列や学歴、入社の形態等によって明らかな選別が行われていてどうにもならないことなどがあります。自分がどれだけ頑張っても影響するのはこの範囲、届くのはこの範囲ということを理解した上で、何十年も働き続けるのも結構忍耐のいることです。

ベンチャーは大企業に「ない」ものも持っているから魅力があるのだと思います。それは自分の存在感や、早くから責任ある立場に立てること、会社が変化していくこと、自分が関わりながら会社を変えられること、自分の頑張りがダイレクトに会社の業績に反映すること、ないものを自分が中心になってゼロから作れること、などがあると思います。そういう面に注目して、主体的に仕事を作り、周りを巻き込みながら「ないもの」を作って行く人にどんどん挑戦してもらって、会社の中心で活躍してほしいと願っています。

「ない方を見るのか」「ある方を見るのか」、同じコップの水を見ても考え方は大きく2つに分かれます。ベンチャーで活躍する人は後者のタイプの人だと思います。

2007年6月 7日 (木)

新卒者の面接

今年から新卒採用にトライしてみることは以前にもお知らせしました。マイナビ新卒に掲載したのが5月中旬で、もう来年の新卒採用は終盤戦に入っているため完全に出遅れですが、夏休みごろまで学生の採用活動は続くというので気長にやってみます。新卒採用は始めてなので分からないことばかりです。竹村さんと本木さんはCRC総研の人事部で新卒採用に関わった経験はありますが、当社のような小さな会社の進め方や、ネット募集中心の進め方は初めてですので手探りで準備を進めていただきました。

そして、ついに先週初めて2名の学生さんが説明会にやってきました。金沢大学と中央大学の学生で、2人とも社会調査などを専攻していて、とてもしっかりした印象の方でした。こちらは竹村さんが会社の説明をした後に、永森さん、金森さん、上辻さんの3人が約1時間ほど業務の説明をして、最後に私が挨拶をするという段取りで進めました。私は会社の生い立ちから現在を中心に話をするように言われましたので、このブログの原稿もお渡しして簡単に説明を行いました。

まだ社会人経験のない学生さんというのは新鮮でいいですね。数年でも社会で働くと、会社とはこんなところという概念ができて、自分の考えに枠をはめるところがありますが、学生だとまだ「仕事って何?、会社って何?、働くってどういうこと?」という視点ですので、質問もピュアで刺激になりました。面接した皆も同じように感じたみたいで、「夢は何ですか?って聞かれちゃいました。何か新鮮でいいですね」という様な感想を聞きました。私の説明にもとても熱心にメモを取りながら聞いてくれて、沢山の質問をいただいて強い熱意を感じました。

後でお2人から本木さん宛にメールが来ましたが、お2人とも好感を持ってくれて選考に進みたいという内容でした。当社のどこに魅力を感じてくれたのかは分かりませんが、お互いにとって良い選択になるかどうか良く話し合って行きたいと思います。また、この面接で感じた「新鮮さ」は何か今までとは異なる匂いを感じました。これから当社の基盤をしっかりさせて、次の成長を目指すにはこの様なピュアな力を取り入れて、1から皆で育てていくということが必要なのかもしれない、そんなことを感じる出来事でした。

2人か3人で良いので、熱意のある新人が入ってくると会社の雰囲気も良い方向に変化するかもしれません。リクルーターをお願いした方達を始めとして、皆さんの協力をお願いします。

2007年6月 6日 (水)

学習院大学

先日、西郷君と学習院大学の上田教授の研究室を訪問しました。上田先生はマーケティングの分野で非常に積極的に活動されている方で、色々なところでよくお名前はお聞きしていました。当社と提携しているサーチナさんの非常勤取締役やインタースコープさんの顧問などもされていたので、是非お会いしたいなあと思っていたところ、西郷君がある学会でお会いしたというのでアポイントを取ってもらいました。

学習院大学の周りは何度も歩いたことがありますが、中に入るのは初めてでした。校内は大きな樹木が多くて思ったより緑も多く、古い校舎もあって落ち着いた雰囲気でした。またあんまり学生数が多くないせいかこじんまりとした良い雰囲気だなあと思いながら少しだけ西郷君と散策して回りました。学習院というとあのピラミッド型の校舎が象徴だと思っていましたが、あの校舎は今度壊されて高層ビルになるんだそうです。大学校内は世の中とは異なるゆっくりとした時間で流れていますが、その風景は月日によって少しづつ変化しているんですね。

上田先生の研究室はけっこう広くて20畳位はあったでしょうか。高層ビルの上階なので眺めも良くて新宿の高層ビルが良く見える場所にありました。先生は初対面でしたがとっても気さくな方で、「昨晩ゼミの学生を集めて焼肉パーティをやったので、部屋が臭くてすみませんねえ」と言っておられました。見ると研究室の壁一面にこれまでのゼミの学生との写真や色紙が貼ってあります。40人以上のゼミ生と大学院生の指導もしているそうですが、とても学生を大切にしておられることが分かりました。上田先生のような若くて実力もあって学生思いの先生に指導してもらえる学生は幸せですね。

今回は特に用件もなくご挨拶に伺いましたが、上田先生の様な若くて実力のある先生と何かご一緒できたらよいなあと思います。先生にも何か当社でお手伝いできることや、ご一緒できることがあれば何なりとご相談いただけるようにお願いしてきました。当社は慶応大学の田中先生や明治学院大の清水先生、東京情報大の堂本先生や内田先生からも業務でご指導をいただくこともありますが、消費者行動研究学会への加入などを通じて、大学の先生とご一緒する機会をもっと増やしたいと思っています。

また、具体的な案件ベースの協力ではなく、先生達の研究を実査や分析の面でサポートさせていただきながら、共同研究や開発するようなこともできるといいですね。そのためには私達が常日頃から学習して、先生達ともちゃんと話ができるように力を蓄えることが大切です。日常業務と学習の両立は大変かもしれませんが、自分の専門性を高めるためのインプットも忘れずに進めておいて下さい。

2007年6月 5日 (火)

VC出資者総会

昨日は伊藤忠テクノロジーベンチャーズ(ITV)の第1号ファンドの出資者総会に岡島君と2人で行って来ました。こちらは伊藤忠系のベンチャーキャピタル(VC)で当社に1億円投資をしてくれています。1号ファンドは伊藤忠商事やCTC等の伊藤忠関連の他に沢山の金融機関が出資してできたファンドです。ITVさんはそれを有望なベンチャー会社に投資して、何パーセントの利回り(ROI)で出資者に戻せるかでビジネスの成果が問われることになります。

日本オラクルや日本サンマイクロシステムの社長等の講演があった後で、100人位の懇親会がありました。そして最初にファンドの出資者を代表して伊藤忠商事の専務が「現在1号ファンドのROIの見通しは○○%まで来ていますが、投資家の立場から、ITVの皆さんにはもっと高い利回りが出せるようもっと頑張ってほしい!」と檄を飛ばしていました。いつも当社の経営会議に出席してくれているITVの安達社長が高揚した面持ちで立っています。どんな企業、どんなビジネスでも経営目標があって、それを達成するには大変な努力が必要です。VCの仕事は投資先や新興市場の状況によって環境が変化しますが、それでも成果が求まれるのがビジネスの世界です。

ITVが当社に投資をしたのは、当社が成長性が高く近いうちに株式公開できると判断したからです。ただ同社とジャフコから2年前に投資を受けてから当社は十分な成長ができていません。特に昨年度は経営計画を大幅に下回ってしまったため、VCとのお約束である当時の事業計画は達成できていない状況です。挨拶に立った専務さんの檄は、私達に対する檄でもあると感じました。懇親会では何人かの伊藤忠関係者から「最近調子はどうなの」、「そろそろでしたよね、期待してますよ」というような話もあって、少しだけ肩身が狭い思いをしました。何とか早く業績を向上させて、投資してくれた彼らとの約束が守れるように頑張りたいと思います。

そんな中で、みずほコーポレート銀行の名札を付けた方がおられたので話しかけました。同社もこのファンドへの投資者ですから「業績はどうですか、期待してますよ。頑張ってくださいね!」という話になるのを覚悟していましたが、「あ、マイボイスさんですか。私は昔から会員で、今日は1日なので家に帰ったら定期アンケートに答えようと考えていたんです。あれに答えるの私も妻も楽しみにしているんです。」と言われて、思わず「あっ会員さんですか、いつもありがとうございます」と顔がほころんでしまいました。

厳しいことと楽しいことが交錯しているのがビジネスの世界でもあります。めげずに頑張っていけば絶対にうまく行くことを信じて前に進んで行きましょう。株主との関係は社員の皆さんには直接関係しないことかもしれませんが、こういうつながりの中でマイボイスがあることも覚えておいて下さい。皆さん、よろしく頼みますよ。

2007年6月 4日 (月)

SPSSでの講習会

先週SPSSさんの社員を対象にリサーチの講習会を行いました。SPSSというと統計解析のシステムをで販売している分析のプロの会社ですので、最初に頼まれた時には何を話すべきか分かりませんでしたが、リサーチ会社がどんな活動をしているかや、当社がどんなサービスを提供しているかを話してもらえれば良いというのでお引き受けました。

当日行ってみると営業やマーケティング部から20人ほどの方が参加してくれました。若い方が多くてほとんど20代という印象でした。自分がお話しきるのはリサーチ会社の業務内容や、当社のネットリサーチの業務についてしかありませんので、そのあたりを実務レベルの内容で説明したところ、皆さん熱心に聞いてくれて、1時間ほどの講演の後に30分も色々な質問を受けました。とてもアクティブで感心しました。

彼らはデータが集まった後の解析手法や、解析のシステムについての知識や経験は多いですが、リサーチ会社の営業や、調査設計やレポーティング等の実務がどの様に行われているのかを知る機会が少ないため、日常の営業活動を行っていて見えない部分があったのかもしれません。

彼らのような解析システムの専門会社がないと私達のサービスは提供できませんし、また私達の様なサービス会社がないと彼らの技術は生きてきません。世の中には調査員を使った実査やグルインをがっちりやる会社もありますし、データ入力や集計の部分を専門に対応している会社もあります。そんな色々なファンクションの会社が分業し合ってリサーチという仕事が成り立っていることを、今回の研修をお手伝いして改めて感じました。

SPSSさんとは、今後も協力していこうと話しています。彼らがシステム販売をする際にリサーチの実務まで手伝ってもらえないかという話が時々あるそうです。そんな時に当社がサポートするという協業が成り立つのではないかというような内容です。協業の成果は直ぐにはでませんが、小さな接点を持ちながらお互いを少しづつ理解し合って進めるものですので、これからも話を続けます。

ちなみに今月から当社が加入した「消費者行動研究学会」の事務局はSPSSさんが行っていますし、マイボイス通信に載っていた当社のクライアントの面々を先方の副社長はほとんど知っていました。マーケティングリサーチの世界は恐ろしいほど狭いようです。業界の口コミ情報は影響が大きいので、決して悪いことはできません。

2007年6月 1日 (金)

新人事制度

先日、新人事制度の説明をしましたが皆さんどの様に感じましたか。結構変わったと思いましたか、それとも変わるといってもこの程度なのかと感じたでしょうか。

今回の人事制度は2月から竹村さんが色々な情報を集めて、社会保険労務士の先生とも何度も相談しながらやっとできました。1つには類似業種の企業と比べて遜色のない給与水準にすること、2つ目は職務と見合った給与体系にすること、あとは賞与の比率を引き上げて利益と連動する形を明確にすることや、不平等と不評だった固定残業の時間を減らすこと、実際の担当業務に見合った序列にすることなど、沢山の見直しをしています。そして、その1つ1つの変更に不利益な人がでないかや、コンプライアンスに触れないかを検証して、社会保険労務士の意見も聞きながら進めたので、結構大変な作業でした。

また、給与水準もまだまだ十分とは思っていませんが、当社は売上に占める人件費の割合が高いため、今回の賃金アップで「昨年度の利益額の半分」にあたる金額が原資として必要になる計算になります。言い方を変えると今の段階で見込める利益の半分までを人件費に回したということです。現在の会社の経営状況からみると、今回の賃上げがぎりぎりの水準であることは理解してほしいと思います。給与はこれで十分ということはないし、もっと引き上げたいと本気で思っています。ただ、利益が上がらないと昇給の原資が確保できないのが会社の経営です。

また新制度においては会社の発展に貢献してくれた人や、重要な役割を果たしてくれた人にできるだけ多く報いるように運用します。性別や年齢も関係なく実績や実力が反映される公平な運用に努めます。ちなみに役員である私や岡島君はこの2年間は昇給もなく、賞与も出していません。これまで8年間すべて黒字で決算をしていますが、役員に賞与を出したのは増収増益で計画がほぼ達成できた2年間だけです。また内部留保を優先して配当金も1度も出していません。経営者のミッションは計画通りに会社を大きくして利益を上げることですので、これからも役員には1番厳しく対処するつもりです。

私達全員の待遇を良くするのは、会社の業績向上しかありません。そういう面でも私達は同じ船に乗って一緒に船を漕いでいるといえます。全員でこの船を一生懸命に漕いで、全員の待遇を改善して行きましょう。業績が良けば、合理的に堂々と待遇改善ができるのも会社の経営です。業績が上がればそれに見合った待遇改善を進めることは約束します。もっと売上を大きくして、利益も上げることで待遇を改善して行きましょう!

2007年5月31日 (木)

MyVoice欧州

昨日は欧州企業の情報サービス会社の話をしましたが、皆さんは「MyVoiceヨーロッパ」があること知っていますか?下記のページを開くと同じロゴの英国の会社が表示されるので、参考までに1度見てみてください。

(MyVoice 欧州) http://www.myvoice.co.uk

マイボイスコムって小さい会社なのに何で英国に会社があるのか不思議でしょう。こちらは伊藤忠商事が出資しているある英国の会社があって、ここが6年前に日本に新しいネットビジネスを探すため日本にミッションを送ってきて、当社にも来社されました。そして、当社のビジネスモデルが1番面白いと興味を持ってくれて6年ほど前に設立した会社なんです。

ただ中心になっていた英国人に不幸などがあり、計画通りにビジネスが進まなかったため、現在は現地で働いていた英国人スタッフがMBOしてこの会社を経営しています。でもうちもまだほんの少々ですが株式を持っているので遠い親戚の会社ではあります。現在の経営者には会ったこともないですが、英国でも優秀なスタッフが頑張っていると聞いています。

地球の裏側で、同じMyVoiceのロゴのホームページや名刺を持った英国人が、ネットリサーチの商売をやっているというのは何だか面白くないですか。私達も彼らに負けないよう頑張って行きましょう!

2007年5月30日 (水)

欧州企業との協業

先週はある欧州系の情報サービスの会社のアジアパシフィックの責任者が来社されました。もともと英国で生まれた会社ですが、最初は欧州各国で展開して、次に米国に展開し、アジアにも2年前から進出して事業化の準備を進めているのだそうです。現在は全世界で20カ国近くで事業を展開していて、売上は3千億円を超えるといいます。

ビジネスの基本はリサーチも含めたマーケティング情報サービスです。そのような情報提供だけで国際的に事業を展開をして、大きな売上を上げていることが凄いと思いました。まだビジネスの内容を詳細に理解できていませんし、当社が協力できる分野かどうかも分かりませんが、しばらく情報交換を続けてみます。

外国企業との協業をどんどん進めるほど体力はありませんが、当社も変化が求められるステージにありますので、可能性のあることはすべて前のめりで対応してみるつもりです。事業開発室では米国のオムニチュア社との代理店契約を結んで、Webマーケティング事業の一環としてサイトカタリストというツールを使ったアクセス解析のサービスを始めます。これからうちもこの様な外国企業との協業ビジネスが増えていくかもしれませんね。

外国企業との協業ビジネスに取組みたい方がいたら私までご連絡下さい。

2007年5月29日 (火)

業界の動き

先週は同業他社の2人の社長とそれぞれ会食しながら情報交換をしました。両社とも昨年度は20~30%の成長率は確保できたようで、ネットリサーチの市場規模についても意見交換しましたが、おおむね250~280億円位ではないかという意見でした。市場の伸び率が厳しくなるということも一致しましたが、2社とも今期は20~30%増の計画のようです。それぞれ組織整備を積極的に進めており、1社は来年度30人の新卒者を採用していると聞いて驚いてしまいました。

また、インフォプラントさんとインタースコープさんの合併については、おそらくインフォプラントさんの特色が強い会社になるのではないかと見ています。インタースコープさんは非常に技術指向が強く、当社と同じく高付加価値サービスを目指した会社ですが、2社の特徴がそのまま残るのは難しいかもしれません。何れにしてもヤフーグループに300人規模のネットリサーチ会社ができてますので、当社としても気を引き締めて取組む必要があります。

2人と話をして、この業界はまだまだ立ち止まることが許されないことを改めて実感させられました。当社の中にも色々な課題がありますが、社内事情だけに囚われることなく、業界動向をよく見極めながら、積極的に対応して行こうと思います。皆さん、うちも負けないように頑張りましょう!

2007年5月28日 (月)

運動会

この週末は子供達の小学校で運動会がありました。運動会と言うと秋を連想しますが、何故かこの地域の運動会は春が増えているのだそうです。秋は行事が多いのと、暑さも厳しいので数年前から春に変更したようです。

父親のほとんどはビデオ係みたいなもので、プログラムを片手にあっちに行ったりこっちに来たりと結構忙しく走り回っています。それなりに一生懸命ビデオを撮ったのに、自宅でビデオを上映すると、顔が映っていないとか、逆光補正がされていないなどと文句ばかり言われるのですから割に合わない仕事です。

小学校の運動会で1番面白いのは、低学年のかけっこです。特にピカピカの1年生が必死の形相で一心不乱に走っているのはとても爽やかな感じがします。また太った子や、足の遅そうな子が必死に走って完走する様子などもちょっとジーンと来たりもします。長く複雑な社会で働いているせいか、純粋に頑張る姿が妙に尊く思えて、少しだけ心の洗濯になりました。小学校の運動会も1見の価値はありますよ。

2007年5月25日 (金)

小さな親切

先日営業で外出中にある地下鉄の駅で階段を下りてホームに行くと、同行していた3人がなかなか来ません。どうしたのかと思っていたら、岡本君が子供を連れたお母さんのベビーカーを階段で運んであげていたのだそうです。彼は以前、私と2人で営業に出ていた時にもベビーカーを運んであげていました。営業に出ている時は客先に遅れまいと先を急いでいますが、そんな時でも困っている人を見過ごさず親切に対応できることは素晴らしいと思います。会社は働いて収益をあげる場所ではありますが、仕事ができるだけでなく、人間的にも信頼できる善意の人が沢山いる会社が、本当に良い会社になるのではないでしょうか。

ちなみに、営業の河端君は一緒に営業に出ていた時に、地下鉄の階段の下から15段目位で足を踏み外して、目の前で落ちて行きました。あーっ、危ないと思って肝を冷やしましたが、見事なステップと受身で踊るように転がって行くのがスローモーションの様に見えました。下手したら大怪我をするところでしたが、運動神経が良いのでしょうか運が強いのでしょうかすり傷一つなくて本当に良かったです。階段と駅のホームの間で転がりながら楽しそうに笑っているのを見て大物だなあと妙に感心しました。何があっても動じないことも1つの才能ですよね。

この2人は何か似たところがあって、私には同じクラスターに見えます。個性豊かなスタッフが増えてこれからが楽しみです。余談ですみません・・・

2007年5月24日 (木)

経験者の知恵

当社のようなベンチャー会社は若いスタッフががむしゃらにやって、色々と模索しながら成長していくことが求められます。若い力で前に行くことを忘れたらその時から衰退し、皆が生き生きと働ける良い会社になることはできません。そういう意味ではこれからも30歳前後の若いスタッフが中心の会社でいたいと思います。

ただ、経験者の知恵やノウハウを活用させていただくことも大切なことです。竹村さんや遠藤さん、細木さん、本木さんといった大企業のOBの方に来て頂いて助かっていることが沢山あります。社長の仕事はいつも決めることの連続です。初めて経験することも多く迷ってばかりですが、そういう時にOBの皆さんからご自身の経験からアドバイスをいただくと判断の視野が広がります。それは経験者だから分かることも多く、会社の効率性とリスク低減に大いに役立っています。

先日、大手広告代理店で30年近くマーケティング業務に携わって、その後、大学で数年間マーケティングや市場調査を教えておられた方とお会いしました。3月に大学を定年になり、今までの経験を少しでも社会に活かしたいということでご応募いただきました。実務レベルの方の採用を想定していたため、最初はちょっと募集の主旨と異なると感じました。ただ、人事の経験豊富な竹村さんから「お会いする価値のある方では・・」、と言われて面接しました。

お会いしてみると確かにマーケティングやリサーチの知識や経験は豊富ですし、お人柄も物腰が柔らかくてとても感じの良い方でした。そして、現場に近いところで若いスタッフと一緒に議論し企画するような仕事を希望されています。当社のことも以前から知っておられて、大学の講義やゼミでよく当社の定期アンケートの結果を使っていただいたこともお聞きしました。

固定費の増加を考えると1人の社員を採用するのは大きな決断が必要です。最低限その方の具体的なミッションが明確になっていることが採用の条件だと考えています。ただ、この方の様な長年の経験者がおられると、企画提案の強化と、リサーチの付加価値向上につながり、当社の「顧客対応力の強化」と「高付加価値なリサーチサービスの提供」の方針に貢献いただけるかもしれません。よく話をして検討したいと思います。

2007年5月23日 (水)

マイボイス通信

先週からお客様を訪問する時に「マイボイス通信」をお持ちするようにしています。もう7社ほど提出しましたがとても評判が良いようです。

当社は高品質のリサーチサービスを提供することを目指して来ましたし、これからもその方針は変わりません。モニターのクオリティや、調査設計や分析、レポーティングのクオリティをしっかり担保し、自主調査のデータやネット以外の調査手法にも対応することで、お客様に満足いただけるサービスを提供して行きたいと思います。

当社のお客様は日本を代表するような会社で、マーケティングに強い会社が沢山あります。その様な大きな企業のマーケティングのお手伝いをさせていただき、ほとんどのお客様からリピートでお仕事をいただけていることは誇れることですし、自信を持って良いことだと思います。サービス業ではリピートを頂けるかどうかがお客様の満足度を測る尺度になります。そして、沢山のお客様からリピートの仕事を頂けていることは、皆が責任感とサービス精神を持って仕事に取組んでくれているお陰です。

私達のサービスは1度使っていただいたお客様には喜ばれていますが、最初にどうやってその価値をお伝えするかが大きな課題です。「私達のサービスのクオリティは高く、多くのお客様にご評価いただいています。」と言っても、他社の営業も同じようなことを言っていますので分かり難くなってしまいます。

それをM大学の教授や、A社やS社、T社の様な大企業のマーケティング担当者のご意見を提示できることで、私達の価値をしっかりとお伝えすることができるでしょう。営業の皆さんは是非、このマイボイス通信を有効に活用して、まだご縁のないお客様に積極的にコンタクトしてみて下さい。きっと良い成果が出るでしょう。

マイボイス通信の企画と制作に関わった皆さん、大変ご苦労様でした。

2007年5月22日 (火)

成長スピード

先日、当社が内定者と2人で食事に行きました。その方が現在働いている会社は、マザーズに上場しているのですが、経営は大幅な赤字になっていて、賞与も出なくなり急速に人員削減をしているそうです。調べてみると確かに昨年度はン十億円の経常赤字になっていて、従業員数はこの数年で半分くらいまで減っていました。上場で得られた資金で色々な事業に展開したのですが、それが今のところ裏目にでているようです。

その会社の事業分野はかなり幅広くて、一見するとあまり関連性のない分野も見受けられます。きっと上場したために、その上場資金に見合った成長が株主から求められるために多角化を急ぎ過ぎたのかもしれません。でも新しいことに投資し挑戦をしていかないと会社は成長しないのも事実ですし、経営の安定と成長のスピードやリスクのバランスを取りながら判断するところが経営の難しさです。

当社は経営的には安定していますが、この2年位は成長のスピードに課題があります。現在の当社の事業規模や市場環境を考えるともっと成長のスピードを速める必要があります。そのための体制作りと、岡本さん、吉村さんが準備を進めている「Webマーケティング事業」を始めとした新しい事業の創出も急ぎたいと思います。

2007年5月21日 (月)

EASEスタート

いよいよ今日から新システムの「EASE-フェーズ2」がスタートします。去年の10月から準備が始まりましたので、半年ちょっとかかってやっとここまで来ました。当初からこのプロジェクトのリーダーを務めてくれた秋野さんを始め、野尻さん、安井さん、浅山さん、堀岡さん、藤井さん、岡島さん、大変ご苦労様でした。

当社はこれまでシステム投資が遅れていました。資本金が少なくてシステム開発を外注できなかったこともありますが、何をどうシステム化すると効率性が上がるのか、働きやすくなるかを検討すること自体が遅れていたように思います。当社はリサーチャーによるコンサルティングが強みですが、やはりシステムでできるところはシステム化して、人的資源は人しか出来ない「考える」ことや、「お客様とのコミュニケーション」に振り向けられるような環境にしたいと思います。

EASEのデモを見させていただいてよく出来ていると思いました。今回のシステムでどの程度の合理化や生産性向上に結びつくかは分かりませんし、新しい業務フローに慣れるまでは1時的に混乱するかもしれませんが、会社として確実に一歩前進したと感じています。まずは全員で協力してEASEが順調に稼動するように調整して行きましょう。EASEのオペレーション対応では、来週から当面2名の派遣の方に来ていただいて、できるだけスムーズに移行できればと思います。

今期もある程度のシステム予算を計上しました。EASEが順調に動き出したらシステムチームと企画室を中心に今期の開発計画を立てて、次のステップに移して行きたいと思います。関係者の皆さん、引き続きよろしくお願いします。

2007年5月18日 (金)

採用面接

ここのところ週5~6人のペースで採用面接をしています。何とか早く今期の体制に見通しを立てたいので当面はこのペースで面接を続けることになりそうです。でも採用面接って本当に難しい仕事です。書類審査で10人に1人位に絞っていますが、それでも会ってみるまでどんな方か全く分かりません。誰でも良いところと弱いところがありますし、業務をちゃんとやっていただける方か、人間的に信頼できる方か、当社の雰囲気や価値観に合う方かなどをたった1時間で見極めるのですから大変です。

どんな方が入社していただけるかは会社にとって非常に重要なことです。また面接を受けている方にとっても大きな選択ですから、妥協で決めるわけには行きません。いつも真剣に面接に取組んでいるますが、だいたいはギリギリまで迷います。でもちょっとしたことで「あ、この人って良いなあ」とか、「この人はちょっと違うなあ」と思う瞬間があります。あとはその感覚が本当に正しいかどうかを確認しながら考えています。

でもいつも3人で面接をしていますが、8割位は全員の意見が一致するから不思議です。全員が別な感覚や価値観で考えているのに、この人なら一緒に働きたいという点ではかなり意見が一致するようです。面接はとても神経を使うので1日に2人もお会いするとかなり疲れますが、良い人に入っていただけるよう頑張りますので期待していて下さい。

これからも沢山の新人を仲間として迎えることになります。新しい方は慣れない環境で不安が一杯のはずですので、できるだけ自然に馴染めるよう、親切に対応してあげて下さい。意識的に声をかけたり、ちょっとした事を話しかけるだけでも良いと思います。そいういう心配りができる組織かどうかって、働く環境として結構重要なことだと思いませんか。全員で意識して良い雰囲気づくりをして行きましょう。

2007年5月17日 (木)

新卒採用

先週の朝会でも案内しましたが、今年から始めて新卒採用を始めることにしました。今年は完全に売り手市場ですし、4年生は4月中に半数くらい内定を取っているそうですから、GW明けからの掲載は完全に出遅れで、今年はあくまで実験だと思っています。ただ、先週から求人サイトに募集を出したら1週間で50人位の応募は来ているそうです。もしかすると良い新人が採用できるかもしれません。

昨年度は大企業の採用枠が大幅に増えたため、なかなか思うように採用が進みませんでした。逆に大企業や大企業のグループ会社などに転職するスタッフが増え、残った皆さんの負担を増やしてしまった年でした。それは他のベンチャー会社も同様で、ベンチャー会社の社長の会合では採用難や人材流出の話題が頻繁に出ていました。優秀な人材さえ確保できればもっと伸ばせるのに・・、そんな悔しい話ばかり聞きました。

そんな中で、新卒採用を行うと会社の雰囲気が変わり組織が安定するという話もよく聞きました。自分達よりも小さな会社で、もっと社歴の短い会社もけっこう新卒採用をやっていて、新卒採用をやっているベンチャー会社の社長に会うと、話を聞くようにしました。おそらく10社以上の社長と話をしましたが、ほとんどがやって良かったと答えてくれました。22歳や23歳の全く白紙の新卒社員が定期的に入ると、若い社員からしっかりした雰囲気になるんだそうです。新卒の社員と、他社で色々な経験をした中間採用の社員が、お互いが刺激になりハイブリットの強い組織になるのかもしれません。

即戦力の社員が必要でしたし、新卒社員が入ってきてもちゃんと社会人研修ができないのではないかと考えていました。ただ、当社が始めて働く会社という社員はこれまでに何名か入っていますが、よく見ると彼らは成長速度も早く、当社の文化にも良く順応してとても良く頑張ってくれています。それを考えるとあまり新卒だから難しいと考える必要はないのかもしれません。能力と意欲があって人柄も良い新人を、この会社の仲間として迎えて、自分達なりに一生懸命に教えて育てれば大きな戦力になってくれると思います。

先日ある会合でセプティーニの社長と話をしました。同社はネット広告で急成長している上場企業で社員も3百人以上いて、社歴が17年になってもまだ急成長しています。ここの社長は新卒で入社して10年位(33歳位?)と非常に若いですがしっかりした印象の人でした。同社の創業者はリクルート出身の方で、2年目から新卒採用を始めたそうです。その新卒採用者が数年後に会社の要所を占めるようになって、独自の文化が生まれて強い会社になったという話を伺いました。また役員会メンバーの7人中4人が1回会社を退社して戻ってきた人だという話も興味深く聞きました。リクルート出身者が沢山のベンチャー会社を成功させていますが、リクルート時代の新卒採用と若手人材活用のノウハウが活かせているのかもしれません。

来年度に新卒者が入社するかどうかはまだ分かりません。また入って来ても最初は白紙の状態ですが、まっさらな彼らに教える立場になることで、自分達が何かに気付くこともあるのでしょう。そんなわけで、新卒採用に挑戦しますので皆さん協力して下さい。

2007年5月16日 (水)

飽きない

商いは単調になりがちな毎日の仕事を、飽きないで続けるうちに成り立つと言います。でも私も30才くらいまでは毎年のように「もうこの仕事も飽きたなあ」と考えることがありました。特に仕事が一段落してちょっと暇になり、色々と考える余裕がでる時期に漠然と考えていたように思います。

シンクタンクの研究員(リサーチャー)の繁忙期は12月頃から3月にかけてです。特に3月は官公庁の受託調査の納期が重なるので毎年悲惨な状態になります。そして4月は残務や清算業務をやりGWで少し骨休みをして、5月の丁度今頃がぽっかり仕事が空いている状態でした。それから秋にかけてクライアントに企画を出したり、コンペに参加して仕事を取るための営業をやっていました。ですから丁度今頃の季節に、何かもっと面白くて遣り甲斐のある仕事ってないのかなあ、と漠然と考えていたのだと思います。

それでもこの仕事を続けてこられたのは、これまでの延長線上では出来ない大きな案件や難しい案件が時々入ってきて、その忙しさに対応するうちにいつの間にか悩んでいたことも忘れてしまったからかもしれません。それから徐々に後輩を指導する立場になったり、重要な仕事を任されるようになったりと、社内でのステータスが変わると少しだけ見える視野が広がって、もう少しやってみるかとなりました。

まだマイボイスコムという会社はスタッフが50名程度で、組織や役職の機能もしっかりとしていませんのでキャリアパスが見えにくいかもしれません。しかし会社が成長を続けて組織が大きくなる中で、徐々に組織や役職の機能分化も明確になっていくはずです。そういう発展の過程で色々なステータスの役割や役職ができてきて、それを当社の中で実績を出して、誰もがその実力と人柄を認める人が重要なポストに就いて活躍できるようになれば、会社は自然に大きく伸びていくと思います。

歴史の古い大会社のように課長は早くても45歳以上というようなことはありません。これからも組織を積極的に拡大して、若い社員でも実力と実績があればどんどん重要な役職を任せる会社にしたいと思っています。そんな組織になるまでに、飽きずに商い(飽きない)を続けて仕事の実力を身につけておいて下さいね。

2007年5月15日 (火)

私達の仕事

私達の会社の仕事を説明するとしたらどうでしょう。「ネットリサーチ会社です」とか、これからの事業展開も想定すると「Webマーケティング会社です」という形になるのかもしれません。では何をするための会社かという視点で考えるとどうなるでしょうか。ネットリサーチをするためとか、Webマーケティングを支援するためとかになるのでしょうか。

私はアサヒビールの「すべてはお客様のうまいのために!」というキャッチフレーズがとても好きです。ビールを作り販売する会社ではなく、お客様の生活の中で「うまいなあ(→楽しいなあ、嬉しいなあ、生きているなあ、頑張るしかないなあ)」という瞬間を提供することをミッションと考えて、社員の皆さんが頑張っているのでしょう。

ではうちはどうでしょう。会社のコンセプトは「生活者と企業のコミュニケーションメディア」で、ミッションは「生活者の意見を企業に正しく伝えて、皆が喜ぶ商品やサービスが実現することを支援して、豊かな消費生活に貢献している」ことだと思っています。これをアサヒビールさんのようにキャッチコピーにしたらどうなるのでしょうか。「すべては生活者の豊かさのために!」でしょうか。これではちょっとパクリですね。以前、岡島君が「消費生活の民主主義を支援する仕事」と言っていましたが、これも良いところを突いていますがコピーとしては今一ですよね。誰か良いキャッチがあったら教えて下さい。私にはコピーの才能がありません。

仕事ってずっとやっていると2年か3年で飽きて来ると思いませんか。以前辞めた社員から「もう飽きてきたので別な仕事をやりたいんです」と言われました。気持ちは良く分かります。ただうちが3つ目の仕事で次で4つ目の仕事です。当社に転職する時も新しいことをやりたいと言っていました。私も20代の頃は同じような考えでしたから気持ちは良く分かります。この仕事をずっとやっていてどうなるんだろうか。もっと変化があり能力が行かせる仕事があるはずだと。ある仕事が自分に合う合わないということは確かにあるでしょう。ただ「ずっと飽きない会社や仕事」はないんじゃないでしょうか。仕事の基本は「飽きない(商い)」でやり続けるしかない面もあります。

例えばアサヒビールの営業の方であれば毎日毎日、小売店や飲食店を訪問してビールや発泡酒を売り続ける訳ですよね。見方からすれば単調でつまらない仕事です。「自分は何で毎日ビールを販売しているのか、これからもずっとビールを販売して何になるんだ」と考えたら嫌になるかもしれませんね。その時にお客さんがうまそうに自分の販売したビールをうまいと飲んでいるのを見て、ビールを売っているのではなく、喜びを売っているんだと思って頑張っているのではないでしょうか。

当社の場合はどうでしょう。「ずっとリサーチをしてどうなるのか」と思う時が必ずあると思います。そんな時は、ちょっと大げさですが「日本の消費生活が豊かになるために頑張っている」と考えてみるのはどうでしょう。あとはお客様であるクライアントの担当者ともっと会って、そのリサーチがどう活かされ、どう役に立ったのかを直接話す機会を増やすことが必要なのかもしれませんね。今は忙し過ぎてそういう機会が少ないですが、これから組織を整備していく中で、営業だけでなくリサーチやシステムの人達もお客様と接する機会を増やして行きましょう。

2007年5月14日 (月)

中小企業の公開

先程みずほインベスターズ証券が主幹事の公開会社と公開準備会社の集まりに行ってきました。1時間ほどのセミナーの後に300人位の大きなパーティが開かれました。みずほ銀行の頭取や役員、みずほキャピタルやみずほ信託、みずほインベ証券などの社長や役員などと、同社が主幹事会社の社長や役員などの集まりです。

こういうパーティは初対面の人ばかりなので結構疲れます。誰か近くにいる人で面白そうな方を見つけて情報交換をしたり、ビジネスの接点がありそうな会社がいないか担当者に聞いて紹介してもらったりします。沢山の美味しそうな料理があるのに、お寿司をほんの少し摘む位であとはずっと話しているので、お開きになる頃にはいつもお腹がすいています。料理の7割位は残っていて、いつももったいないなあと感じてしまいます。

ここで昨年度、新興市場に上場した22社の社長が壇上に上がって記念品を授与されました。年齢ははどう見ても20代という若い人から、60は超えていそうな方までおられます。職種も色々で、新興市場の公開会社というとITやインターネット、バイオなどのイメージがあるかもしれませんが、生花の会社やマンション販売の会社、投資向け不動産の会社、債権回収の会社など様々でした。へえこんな事業をやっている会社が公開するんだと興味を持って聞いていました。

最後に新規公開会社の社長を代表して、台東区にある婦人靴の卸販売の社長がスピーチをしました。年齢は60歳位で明るくバイタリティのある中小企業の親父さんという感じの方です。その方のスピーチとても印象に残りました。その会社はもう30年もやっているそうです。「以前は台東区に同業社が20社以上あったのですが28社が倒産して今は2社だけになりました。会社の寿命は30年で中小企業ほとんどは潰れてなくなる運命です。でも会社を潰れないようにするにはどうしたら良いかを考え株式公開に挑戦しました。公開できた今は資金も増え、信用や取引も増え、求人も順調になり、本当に潰れにくい会社になったことを実感しています。個人補償の借金もなくなりやっと安心して眠れるようになりました。公開準備は大変で証券会社は腹の立つことばかり言いますが、諦めないでやって良かったと思います。」という内容でした。

「潰れない会社にしたい」は公開の挨拶としては華々しさはありませんが、地に足の着いたとても良い挨拶だと思いました。中小企業の社長達から拍手喝采を受けていました。皆同じような事をいつも考えているのでしょう。たまたま隣のテーブルでしたので挨拶に行きました。反対側のテーブルにはみずほ銀行の頭取がいて、名刺交換の人が沢山並んでいましたが、私はその社長さんの方を選びました。見かけ通りとても楽しい方で、短い会話でしたがとても元気をいただくことができました。

2007年5月11日 (金)

サービスの品質

社員の皆さんにこの会社がどうやってできたか知ってもらいたいと思ったら、ずいぶん長くなってしまいました。途中で昔から知っている明石さんが「私も知らないことばっかり!」とコメントをくれたので気合が入ってしまったのかもしれません。会社の生い立ちや価値観を少しでも理解する材料になったでしょうか。もう25年近く働いているのでまだまだ紹介したい話題は山ほどありますが、徐々にご紹介したいと思います。

また若手の人から、今何が起きているかや、オフの話も紹介してほしいという意見がありましたので、肩の力を抜いてそんな話題も書いていこうと思います。いつも週末や深夜に自宅で書いていることが多いので、時々お休みをいただくかもしれませんが、時間のある時に覗いてみてください。小さな会社でも社長をしていると毎日色々なことが起きていて、楽しいことや驚くこと、困ったことや頭の痛いことなどが沢山あります。そんなことの1部を紹介いて行きます。

昨日人間ドックを受けました。最近、毎年2キロのペースで体重が増えているため結果はボロボロでした。当社が加入している健保はIT関連の若くて成長している会社が多いので財務状況が良く、専用の人間ドックの施設を沢山所有しています。そのため1日人間ドックは受付から1時間で終わり、2時間後には医師から結果を聞くことができます。施設は綺麗で食事も非常に良いので、受診は面倒ですがそんなに苦痛に感じません。以前、CRCの入っていた健保は財務状況も良くなく、人間ドックは医療機関の委託のため、検診時間は4時間くらいかかり、施設もきれいでなく、食事も貧弱で、結果も遅いため、いつも前日から憂鬱な気分でした。

同じ人間ドックでも、こんなにもサービスが違います。検査の機能的は同じですし料金も同じですが、サービスの質や満足度は全く違います。以前、経済産業省関連の仕事でパッケージソフトの品質評価を整理する仕事をやったことがあります。大学の先生や専門家の入った委員会を運営しながら評価基準をまとめました。この仕事で大学の先生から品質は「機能」、「性能」、「操作性」、「価格」を大分類として項目を整理すると良いとお聞きしました。

この2つの人間ドックは「機能」と「価格」は同じですが、「性能」と「操作性」が大きく違うのだと思います。結果が早くなくても、施設や設備がきたなくても、食事がまずくても機能的には健康診断の目的は達成できます。でもそのサービスを受けた利用者の印象や満足度は大きく異なります。機能は「できるできない」という最も基本的な要因で、性能や操作性は「どれだけ効果的で正確に気持ちよくできるか」という付加的要因になります。この付加的要因がサービスの満足度に大きく影響するようです。

ネットリサーチにとっての基本機能は「データが集められる」「集計や分析ができる」「レポートができる」ということでしょうか。「多変量ができる」、「テキストマイニングやデータマイニングができる」、「提案ができる」、「GIやCLTにも展開できる」というあたりが付加的な機能といえるかもしれません。付加的機能の充実は会社の営業力に影響します。

では、顧客満足度に影響する「性能」と「操作性」は何でしょう。「データの信頼性」や、「スタッフの技術や対応力」、「責任感やサービス精神」、「レポート表現の分かりやすさや」、「提案の適切さ」等があるでしょう。これらはそこで働く社員の意識によっても大きく変わるものです。当社の満足度を上げるためには、社員の「性能」と「操作性」を高めることが不可欠です。それには全員がプロ意識と責任感とサービス精神を持って業務にあたることしかありません。その集合体が会社の顧客満足度と収益を高めることに繋がります。各自のスキルを向上させて、満足いただけるサービスが提供できる会社を目指して行きましょう。

2007年5月10日 (木)

会社の分岐点2

もう1つ当社の大きな分岐点は、グループ会社として生きていくのか、独立したパブリックな会社を目指すのかという選択だったように思います。

マイボイスコムはCRC総合研究所の社内ベンチャーで生まれました。最初の1年目はCRCの子会社で、2年目からは関連会社という立場でした。グループ会社は大会社の後ろ盾がある代わりに、経営や事業、人事の自由度は少なくなります。親会社の指示には従わざるを得ませんし、業務にも精通していない人が重要なポジションに来ると、プロパー社員が大変な思いをすることも経験していましたので、マイボイスコムはできるだけ主体的に判断できる会社にしたいとは考えていました。

切っ掛けはベンチャーキャピタル(VC)の投資でした。当社の資本金は3千万円で金融機関からの借り入れは禁止されていました。競合他社がVCや事業会社から投資を受けて、資本金が3億円、5億円となり組織拡大やシステム投資に取組んでいても、当社は資本金だけで勝負しなくてはなりません。堅実経営は非常に良いことですが、市場が急速に変化していく中ではちょっと問題があるように感じ始めました。VCさんからは以前からアプローチをいただいていましたので、事業審査を受けることにしました。

このあたりでCRCに相談をしたところ、そろそろ子会社になるか、独立してパブリック(株式公開)を目指すのか、白黒はっきりした方が良いという話になりました。連結経営とはそういうものだという説明を何度も聞かされました。私は関連会社のままパブリックを目指すのがベンチャー制度だと思っていましたし、設立時の社長とはそんな話もしていたのですが、新しく来た社長にはピンと来なかったみたいです。社長から「何でCRCがベンチャー制度をやってるの?」と聞かれてちょっと憮然としてしまいました。社長が変わると会社の方針も変わるのが常ですから。このあたりがベンチャー制度の難しいところです。

この時も色々な関係者が何とか当社をグループに残そうと働きかけてくれました。特に経営会議で「ちょっと待てや鎌田さん・・」と言われた鎌田常務は、当社の非常勤取締役を5年もやって、私や岡島君の苦労も見ていてくれたためとても親身に考えてくれました。その後、当社が管理部門の強化で困っていた時に、OBの竹村さんを「絶対に頼りになる人だから」と推薦してくれたのも鎌田さんです。人の繋がりや信頼は、個人の人生はもちろんですが、会社を経営する上でも大切なことだとつくづく思います。

色々な方々の協力や期待で会社ができましたし、6年間も頑張ってきて子会社に戻るのは忍びないので、独立路線を選ぶしかありませんでした。岡島君と2人で全財産を出し合ってCRCから株式を引き取り、VCから出資をいただくことにしました。私は住宅資金や教育資金もすべてかき集めてやっと資金を用意したので、うちの預金はスッカラカンになりました。嫁さんからは「家族のことはどうしてくれるの?」と叱られています。でもこれで会社の経営を主体的に判断できる環境と、新規事業やシステムに投資できる資金ができました。

2007年5月 9日 (水)

会社の分岐点

2005年3月に6年目の決算が終わりました。この期末の社員数は30名で、アルバイトの方などを含めると38名になりました。売上は前年比46%増に拡大し、経常利益も8千万円強まで増やすことができました。経営的には良い状態でしたが、組織的にはこの頃が1つの分かれ道だったように思います。

前にも書きましたが社員が20人位の組織はまとまりが良く、仕事は厳しくても仲間意識を持って楽しく働くことができました。そして、20人位の組織であれば優秀な人材で前向きに仕事に取組めばすぐに結果は出せますし、専門家集団として高収益な会社にすることもできると思います。イメージ的にはデザイン事務所や設計事務所、SP会社等によくある「○○オフィス」みたいな会社です。私は個人的にはそんな働き方は嫌いではありません。

ただ、マイボイスコムは、ネットリサーチやネットマーケティングに取組むことを事業としています。この分野にヤフーさんや楽天さんインテージさんのような大会社が入って来た時点で、当社の「小さいけれども素晴らしい仕事をする高収益な会社」という選択はなくなったと思います。会社は収益を上げて継続し発展して行かないと、そこに携わる人達が幸せになることはできません。当社の立ち位置では、当社の強みをもっと強めて、会社を成長させて、他社に負けない力を付けていくしか選択肢はないと思います。

アタッカーズスクールの講師やベンチャー会社の経営者から、「30人から50人の時が1番大変だった」という話を良く聞きました。しばらく前に「告白」という起業の実話を綴った本がベストセラーになりましたが、ここでも50人規模になった時に色々なトラブルが発生したことが詳しく書かれていました。おそらく人間という生き物の本能から来る組織発展のセオリーなのかもしれません。昨年度は色々なトラブルが発生して、結果として社員の皆さんに辛い思いをさせてしまったことを心苦しく思っています。

今は小さな会社の良さが減ってきて、まだ大きな組織を運営するための組織力が築けていないのでしょう。そういう意味では今は組織が次のステップに展開するために必要な踊り場であり、さなぎから孵化する前の状態なのだと思います。そして、これを乗り越えた時により大きな仕事に取組める、もっと強い会社になれるのだと確信しています。色々と課題は沢山ありますが、次の飛躍に向かって頑張って行きましょう!

2007年5月 8日 (火)

小さな会社

マイボイスコムになって1番心配したのが、大企業が会ってもくれないのではないかということでした。CRC総研も知名度はありませんでしたが、社員が千人いて伊藤忠商事や第一勧銀のグループ会社です、とか言って何とか商売をしていました。それでも新規開拓は年に1社あるかどうかでしたので、無名で数名の弱小会社が電話をしても、アポも取れないのではないかと勝手に思い込んでいました。

でもそれは間違いでした。取引先や知人の紹介があればかなりの確率で会えましたし、オープンなテレアポでも結構何とかなりました。新しいネットサービスということで関心を持ってくれたこともありますが、皆さんちゃんと話を聞いてくれます。誠意を持って対応すれば世の中何とかなるようです。とにかく何処に仕事があるかも分かりませんので、1日3社は訪問することを目標に外回りを続けました。2年目の終わりの社員は8名で、営業はまだ私1人だけでしたが、売上は何とか1億1千万円まで伸ばすことができました。

この頃は社員の皆も仕事が入るのをとても喜んでくれました。とういうより仕事がなくなると会社もなくなるという不安があったので、仕事が入ると少し安心したのかもしれません。よく「もうすぐ今の仕事が終わるから、早く新しい仕事を取ってきて下さい」と発破をかけられて、そうか何とかしなくてはと営業に出かけました。そして数十万円の案件を取ってくると「今日の獲物はうさぎですね。こんなんじゃすぐ食べちゃいますよ。もっと大きな鹿とかマンモスとかを取ってきて下さい」なんて言われてまた営業に行きました。

漫画の「はじめ人間ギャートルズ」の親父さんか、映画の「男はつらいよ」に出てくる中小印刷会社のタコ社長みたいな立場でした。スタートアップ時のベンチャーってみんなこんな感じなのかもしれません。先行きは不安なのですが、気心の知れた者同士でコミュニケーションも良く、明るく前向きな雰囲気で働くことができました。誰もが当事者意識があり、それぞれが自分で自分の仕事を作って働いていました。誰が何をしていて、何で困っているかも何となく分かり助け合うことができました。このあたりが小さな会社の良さなのかもしれません。

ちなみに余談ですが、銀行では会社を設立して3年以内の社長は「非常に危ない人間」のカテゴリーに入り、十分な担保や収入があっても一切の貸し出しはしないそうです。銀行の基準では新入社員より社会的ステータスが低いのが創業時の社長だそうです。これから起業したい方は、銀行から住宅ローンを十分に借りてから設立することをお勧めします。

2007年5月 7日 (月)

スタートアップ

マイボイスコムは99年7月に設立しました。CRC総合研究所で準備を始めた98年4月が創業になります。この頃がネットリサーチの黎明期でまだビジネスが成り立っている会社はありませんでした。こういう事業が成り立つのか各社が模索を始めた頃でした。

CRCの社長から自由に社名を決めていいと言われて、マイボイスコムという社名を考えました。これからずっと使っていく社名ですのでこだわりを持った名前にしたいと思い何週間も迷って決めました。マイボイスはそのまま「私の声」ですが、個人の価値観にもとづいて主体的な消費生活を送る「生活者」1人1人の意見や要望を企業や社会に伝え、情報共鳴型マーケティングを支援する役割を果たしたいという思いで付けました。コムにはそんな役割を新しいコミュニケーションツールであるインターネットで実現するという意味を込めました。それから会社の理念として「生活者と企業のコミュニケーションメディア」というコンセプトも考えました。この時の考えや理念は今でも全く変わっていません。

会社といっても社員は私と出向で来てもらった岡島君と、契約社員で採用した五十嵐さんの3人だけでした。今までと同じ事業企画室の一角に机があるだけで会社の囲いもありません。まだCRCの1部署という感じでした。私が仕事を取って五十嵐さんに手伝ってもらいながら生産して納品する。岡島君にシステムの企画と運用を任せて、経理や給与計算等はCRCの子会社に委託しました。

大きな会社にいると分からないことが沢山あります。まずどうやってお金が入金してどうやって経費が支払われるのかが分かりませんでした。自分の仕事をすれば、あとは請求書や入金の確認は「誰かが」やってくれるものだと思っていました。でも「誰か」はもういません。営業から生産、人事や経理や総務も自分達でやる必要があります。

見よう見まねでワープロの請求書を作って送り、翌月にちゃんと入金が確認できた時にはちょっと感動しました。始めて働いて初任給をもらったような感じです。また、会社が出来て5年間はすべての請求書をATMから自分で振り込んでいました。社員の給与と月末の経費の入金がすべて終わると、今月もちゃんと義務が果たせたことに安堵しました。会社のお金の流れが分かって1万円、2万円という経費までちゃんと把握できないと、中小企業の経営は成り立たないことが良く分かりました。

お金は資本金の3千万円しかありません。CRCからシステムとモニターを原価で譲渡してもらい、会社設立のもろもろの経費も支払うと2500万円しか残りませんでした。これがなくなったら原則として会社は解散する約束でしたから、すべて倹約してやるしかありませんでした。1万円でも無駄な経費は使えません。色々と工夫をして費用を倹約しましたが、特にシステムは岡島君が藤井君と相談して30万円のパソコン1台とフリーウェアのデータベースで開発してくれたので助かりました。システムを知らない私がどこかに外注していたら1千万円以上はかかっていたでしょう。

別会社になっても何とか仕事は取れました。私と五十嵐さんだけでは人手が足りなくなり、CRCを辞めて家庭に入っていた服部さんに週3日の約束で来てもらい、藤井さんや明石さん永森さん鍛冶さんにも参加してもらって何とか小さな会社の形ができてきました。そして、1期目は9ヶ月間での決算でしたが、売上が4500万円で、小さいながら350万円の経常利益も出すことができました。

2007年5月 2日 (水)

経営会議での承認

事業化(F/S)調査の結果も踏まえて事業計画を出したのは98年10月でした。ただ大きな組織ですから判断してもらう手続きも大変です。まずは事業部で説明し、経営企画部で説明し、経営会議に答申したのは99年の2月になりました。

自分としては事業が成り立つ自信はありました。1年前の空想で作った事業計画とは違います。システムもあり、モニターも2万人近くいて、顧客も20社以上は開拓しました。売上も小さいながら毎月立っています。何とかやれるという自信が持てたのは、社内ベンチャーという立場で事業化調査をやらせていただいたお陰です。もし自分1人で資本金を1~2千万円をかき集めて会社を作っても、システムの外注費と事務所の経費だけですべてなくなり、自分の給与も出せなかったと思います。誰もいない事務所で半年以上も準備ができたかも疑問です。

経営会議の前は流石に緊張しました。自分がやれる自信があってもCRCの経営陣が何と判断するか全く分かりません。社長が「これはちょっと難しいなあ」と思ったら、それでこれまでの苦労は水の泡です。社長がどんな風に思われているのか、全く想像が付かないことがずっと不安でした。また他の役員も自分の事業に対する関心があるようには思えませんでした。

CRCは大きな会社でしたので、毎月沢山のテーマが経営会議で審議されていました。私のベンチャー制度の話なんて会社にとっては小さなテーマでしたが、私の人生にとっては大きな分かれ道になります。持ち時間は30分ほどでF/Sの結果と事業計画を説明して経営陣の判断を待つことになります。ダメと言われれば会社を辞めてもう1度始めからやり直すしかありません。何としてもGOの判断をもらいたい。そのために必要であれば土下座をしてでもお願いしたい位の気持ちで待っていました。

経営会議は広い円卓で役員と、各事業部の幹部や事務局など30人位が出席していました。私が1度も話したことのない役員もかなりおられます。とにかく一生懸命に説得しよう。そう思ってこの1年の成果と事業計画を説明しました。最初に口火を切ったのは以前の事業部長だった丸山常務で「彼に是非やらせたい」というような発言してくました。その後に4~5人の役員が発言をしましたが、全員が「新しいことに取組むことは良いことだ」という賛成の援護射撃でした。そして、最後に社長が「よく準備したと思う。まだ分からないことも多いが頑張ってみなさい」とGOを出してくれました。

その後で事務局である経営企画部の鎌田部長が報告しました。「では承認が得られましたのでCRCの社内ベンチャー1号として半年後を目処に新会社を設立します」、「資本金は3千万円、出資比率はCRCが80%、高井本人が20%、当面はCRCに経営責任がありますので、社名にはCRCの名称を入れて、社長はCRCの経営陣から出して高井君は専務取締役とします」という内容でした。この案は事前に鎌田部長から説明があり、会社ができるなら何でも結構です。と事前に了解してました。

その時に麻生社長が発言されました。「ちょっと待てや鎌田さん、これはおかしくないか。この事業は誰が考えて誰が準備してきたんや。全部高井君がやったことやで。何で高井君をを社長にせんのや。社名も彼に自由に決めさせるのがすじとちがうか。CRCの名前なんて入れる必要はないで・・・」、副社長も隣で頷いていました。社長と副社長はちゃんと約束を守ってくれた。これまでお世話になった役員の方達も皆応援してくれている。涙が出そうになるのをこらえながら、「ありがとうございました。精一杯頑張らせていただきます」と言うのがやっとでした。

新しい会社が出来ることが決まりました。色々な方々の協力と期待、そして誠意に携えられて会社ができることになりました。応援していただいた沢山の方々の期待に応えるためにも、マイボイスコムを絶対に発展させて、しっかりした良い会社にしたいと思っています。

2007年5月 1日 (火)

顧客開拓を開始

何とか最低限のシステムとモニターの準備ができました。回答データのクオリティも思った以上に良いものでした。これなら企業のマーケティングに役立つという感触を持つことができました。あとは仕事を取るだけです。事業の立ち上げで1番重要なのは販売力です。どれだけ良いものでも売れなくては事業になりません。

最初はこれまでの取引先から回りました。あとは知り合いの知り合い、紹介の紹介を頼って色々な企業を回りました。ただこの頃はネット人口も500万人以下で「インターネットは20代男性のオタクのツール」と言われていましたので、皆さんネットで回収できる情報には懐疑的な意見でした。ここでクライアント説得の役に立ったのが自主調査の「定期レポート」でした。

「自主調査でもこんな風にちゃんと分析ができました。実費だけでいいので1度試してもらえませんか」そんなことを言いながら毎日色々な企業を回りました。そんな手探りの営業を続けるうちに具体的なご相談をいただくようになり、商社、外資系生保、カード会社、国際通信会社、流通会社、シンクタンク、コンサル会社などから小さなお仕事をいただきました。特にあのチャネル調査をやらせていただいたCRC総研の時のお取引先が、継続的に定期アンケートの枠を買い取ってくれたのはとても助かりました。やはり建設業界は義理人情の世界です。

案件を取ったら今度はリサーチの実務が待っています。この時はまだ1人でしたので調査設計も調査票作成も、集計やレポートもすべて自分でやらなくてはなりません。毎日昼間は営業に出て、夜になると集計やレポーティングをやって納品しました。見かねた事業部長が週に1日だけなら手伝ってもらっていいよ、と言って紹介してくれたのが鍛冶さんでした。鍛冶さんはテキパキ仕事をこなしてくれて、一緒にやってくれる人がいるのがこんなに心強いものなのかと思いました。それからずっと9年も手伝ってもらっている訳で、鍛冶さんには大変感謝しています。

そんなこんなで秋口には結構リサーチワークも忙しくなり、小額でしたが毎月売上も立ちました。お客様もレポートの内容に満足してくれています。副社長が失敗する理由として説明してくれた「ネット上でまともな人は個人情報を登録しない」、「登録してもちゃんと回答しない」、「いい加減な情報を分析しても意味がない」、「企業はそんないい加減な情報をは買わない」という4つの要因が一応はクリアできたように思いました。

それからもう1度事業計画を書いたのは10月で、準備を始めてしっかり半年が過ぎていました。あの時に社長が「何かやるには半年から1年はかかる」と仰っていた通りでした。やっぱり亀の甲より年の功ですね。年長者の意見を傾聴することの大切さも学びました。

2007年4月27日 (金)

事業化調査

インターネット事業部はほとんど知らない人ばかりで、こちらが挨拶してもほとんど返事もありません。「こいつ何者?」という冷ややかな視線を感じました。事業開発室は私と某商社から出向中の亀田さんの2人だけでした。亀ちゃんがハチャメチャで明るいのが救いでした。

インターネットを活用した事業構想を考えましたが、自分はインターネットのことを全く知りません。どういうシステムを作ったらよいか、どうやってモニターを集めたらよいかも分かりません。誰かインターネットのことを教えてくれる人はいないか、と考えて思い浮かんだのが伊藤忠インターネットに出向中の岡島君でした。彼に相談してみるか。岡島君を八重洲の焼き鳥屋に誘って「こんな商売をやるので協力してくれないか」と頼みました。岡島君は「面白そうだからいいよ」と言ってくれたのですが、こんなに長く関わることになるとは思っていなかったでしょうね。人生は本当に分かりません。

システムを作ってくれたのが藤井さんと籾木さんでした。500万円の予算のうち300万円を払ってこんなものを作って欲しいと頼みましたが、「何を言っているか分からん!」と何度も怒られました。ただ2人は腕が良かったので「分かった」と言ったら3週間くらいで簡単なシステムができて、98年6月からモニター募集を始めました。CRCの天気予報サイトにバナーを出したり、少ない予算から数万円を捻出してメール広告を打ったりして、何とか1ヶ月で約1,500人のモニターを集めて、7月に第1回の定期アンケートをやりました。回答者数は1,033人と少なかったですが、回答率は69%もありました。

依頼メールを送ってしばらくすると回答が入って来るのがとても不思議でした。そして、そのデータを分析してみたらちゃんと傾向がでて、レポーティングが出来ることに喜びました。FAも郵送調査と比べものにならない位にリアルな意見が詰まっています。すごいなあ、これなら役に立つサービスになるかもしれないなあ。本当にインターネットでちゃんとした生活者の声が集まるんだなあ。ほとんど毎日終電でしたので疲れていましが、この頃は毎日感動し興奮していました。

そして翌月に2回目の定期アンケートをやりました。モニター数は4千人に増えていました。この時はモニター情報はデータベースではなく、テキストで管理していて、必要なメルアドをコピーしてBCCに貼り付けて送っていました。登録者が間違った形式で登録するとメールが途中で止まります。それを1つ1つのメルアドを目で確認して、修正しないとメールが送れません。夕刻からメールの作業をしましたが、4千件のメルアドを目視するのに3~4時間がかかり、夜中の11時頃に配信が終わって帰りました。

次の日、悪夢が起きていました。前日にメールを送り終わった直後にシステムがダウンしていたんです。アンケートをお願いしたのに、システムが止まって回答できない状態です。メールを開いたら200件位のクレームが来ていました。「どうしたのですか」という内容が多かったですが、中には「ふざけるな!」的な厳しいメールも沢山ありました。「あ、これで終わってしまったかもね」と岡島君と話をしたのを覚えています。4千人もの人に迷惑をかけてしまった。これでやっと築いたパネルが壊れてしまう、そんな失望を感じながら、1人1人にお詫びのメールを打ちました。この日は1日中お詫びのメールを書いていました。

翌日メールを開いて驚きました。100人位の方から返事が来ています。それも「返事がもらえるとは思っていなかった」、「そんな事情でしたら了解です」、「1人でやっているのですね。大変ですね」、「これからも応援します!」的な暖かいメッセージばかりで嬉しくて涙がでそうになりました。そして、インターネットは乾いた世界ではない。ちゃんと思いや気持ちが伝わる世界なんだ。モニターは大切にしなくはいけない。モニターとの信頼関係がこのビジネスの基本なんだ。そんなこと実感した出来事でした。

私はいつも社員に「当社はメンバー(モニター)第1、クライアント第2」位の気持ちでやって行こう」と話をしています。クライアントからはお金をいただくので、どうしてもそちらを向いてしまいますが、当社にはお客様が2種類あります。1つはお金をいただく「クライアント」で、もう1つはご意見をいただく「メンバーの皆様」です。メンバーに信頼していただいて、きちんとした回答をいただけなければ、当社のビジネスは成り立ちません。当社の社員はそのことを心に留めて、メンバーに感謝して業務にあたってほしいと思います。

2007年4月26日 (木)

社長との交渉

井上部長の作ってくれた社内ベンチャー制度は、とてもフェアな内容でした。単独1人で始めるよりも、長く働いたCRCの力を借りた方が事業が成功する可能性も高くなると思い、この制度でやらせていただくことにしました。

「そうか分かった、では社長と副社長にお前から計画を説明しろ」と言われてお2人に事業企画を説明しました。すると頭が切れると評判の北畠副社長が「高井君、この事業は難しいなあ。止めておいた方が良いよ。出来ない理由はこの4つ、と失敗する理由を理路整然と説明します」、麻生社長は「このプランを真剣に何度か読んだんだが、インターネットもリサーチも知らないので、良く分からなかった。まずは社内で詳細にF/Sをやってから検討したらどうか」と言います・・・、話が違います。私がムッとした顔で何か言い出しそうなのを見て、井上部長が割って入りました。「これからはネットの時代ですし、社内の活性化にも繋がるのですが」、「でもわしは本当に分からんのだよ、このプランが商売になるのかどうか・・」

話が違う、全然上層部に話が通っていないじゃないか。あまり怒らない自分も本当に切れそうでした。でもその時に社長の手元にある自分の企画書に赤線がいっぱい書いてあるのが目に入りました。何やら色々な書き込みもしています。「あ、社長は本当に自分の企画を読んでいる。真剣に読んでくれている」それを見たら冷静さを取り戻すことができました。社長室から出ると井上部長が「おっさん達は形の見えないことには賛成しないものなんだよ。お前の力で形にして見せてやれ。悪いおっさんじゃないから大丈夫だ」と言います。おいおい、なんじゃそれは。それから1ヶ月後に井上部長は某商社に戻ってしまい、私はインターネット事業部に新設された事業企画室の配属となり、「おっさん達」に見える形を作るため1人で活動を始めました。

スタート時にこれからの進め方について社長と2人だけで話をする機会がありました。私は「F/Sは急いで3ヶ月以内にやるので、6月末の結果で判断して下さい」と言いました。社長は「いやいや事業の準備には結構時間がかかるもんだ。1年間の時間と500万円の予算を付けるからじっくりやれ」と言います。私は先を急いでいたので「いやネットの世界は早いので3ヶ月でやります。必死にやればできます」、「いや3ヶ月では無理だ最低半年はかかるから1年間でやりなさい」と言います。それでも「いや社長私は3ヶ月で結果を出すので・・」、と三度言うと社長に怒鳴られました。「お前なあ商売をなめてんのとちゃうか。わしは商社で取引先の中小企業の社長が事業に失敗して自殺したり夜逃げしたのを沢山知っているんだ。お前にそんなことをさせないために十分に準備しろと言っているんだ。黙って言うとおりにしろ!」と押し切られました。

それでも自分は納得していませんでした。「分からず屋だなああのおっさんは。よし3ヶ月できっちり形にして見せてやるぞ。いつまでもウダウダしている時間なんてないんだ。」という思いでした。でも実際にそれからシステムを準備して、モニターを募集して、営業ツールを作って、原価計算をして料金表や見積フォームを作り、顧客リストを作ったり、営業訪問したりとやっているうちに、あっという間に3ヶ月は過ぎていました。6月末にはまだ何も見せられるものなんてできていませんでした。

自分なりに必死にやっていたと思うのですが3ヶ月では無理でした。社長の言ったとおりでした。亀の甲より年の功とは良く言ったものだとつくづく思い知りました。黙って半年から1年はやらせてもらおう。やっと素直に社長命令に従う決心がつきました。