プライベート Feed

2017年4月10日 (月)

大学入学式

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4/1(土)は末娘の大学入学式でしたので、土曜日ということもあり行ってみることにしました。

この大学はマンモス校なので9つか10ある学部ごとの入学式で、それでも父兄は会場に入れず、別な部屋でモニターを見るものでしたのでちょっと残念でした。

でも総長さんは祝辞の挨拶を9回も10回もやるのですから、それも大変だろうなあ、と思いつつ1時間の短い入学式を楽しんで来ました。

入学式会場の外にはサークルの勧誘がパワー満杯で行われ、若いエネルギーが眩しく感じられました。

自分も入学式に行くと言ったら、娘はすごく嫌がりました。

でも親は子供の節目の記念日には参加してみたいものなのですよね。

私が大学に入るころは入学式に親が来るのはかなり少なかったし、自分も絶対に来るなと言っていたように思います。

しかし、自分が親の立場になると、ああ自分の両親もこんな気持ちでいたのだろうな、、などと初めて気づいたりするもののようです。

皆さんも受験を応援してくれて、入学を祝福してくれた親御さんの気持ちに応えるためにも、良い人生が歩めるように頑張りましょうね。

2017年4月 7日 (金)

風邪休暇

自分は会社を始めてからの19年間で、肉離れで歩けなかった日と、ポリープ手術の1日入院で4日ほどは休んだけど、風邪や腹痛等の病気では1日も休んでいない。

自分はかなり体が丈夫なんだ。

と威張っていましたが、一昨日、朝からかなりの熱があって医者に行くと、これはインフレンザかもしれないと言われてしまい、ついに1日休みを取りました。

独立して会社を始める時には、大前研一さんの「アタッカーズスクール」等に通って勉強し、実際に起業した人の話を沢山聞かせてもらいましたが、その中で、

「起業をするからには、これまでの会社員と同じ様に通り休みが取れるなどとは考えてはいけない。」

「そんなことを望んでいるなら絶対に起業なんかしない方が良い。」

という話しを沢山聞いて、単純な私は「よし風邪や腹痛くらいでは絶対に休まないで働こう!」と決めました。

そして、実際に風邪や腹痛くらいでは休めない緊張感や、気持ちに余裕のない中で働いて来た気がします。

しかし、今回は「この薬で熱が下がらなければインフレンザの可能性が高いです」と言われてしまい、皆さんにうつしては申し訳ないので休むことにしました。

1日咳き込みながら布団で過ごして、ついに風邪で休んでしまったかあ。と若干の敗北感を感じながらも、もう57才だから38才の時とは異なる働き方が自然なのかもしれないなあ。などと考えておりました。

もう「風邪や腹痛等の病気では1日も休んでいない」などと空威張りはいたしません。

もっと皆さんにお願いするところはお願いして、自然体の中で会社を良くすることを考えたいと思います。

2017年3月28日 (火)

台湾で感じたこと2

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台湾に「中正記念堂」という蒋介石を祭った巨大な施設があるのをご存知ですか。

そこで1時間に1回、衛兵の交代式があり、10分ほどのパフォーマンスを見ることができます。

そして、衛兵は後退すると残りの50分は少しの身動きせず、まばたきもしないほどの緊張感で国の創始者である蒋介石の銅像を守っています。

台湾の置かれている複雑な国際関係、まだ中国と対峙している国(正式には地域)であることの緊張感を感じ取ることができる儀式であります。

これはパフォーマンスなのかもしれませんが、すごい迫力があり、彼らがとても真剣にその儀式を進めているので、多くの観光客もじっと黙ってその儀式を見つめていました。

その時に、自分の近くにいた5人の日本人の大学生が「こんなこと毎日やってアホちゃうか」「何でさっさと交代しないのお」「あの偉そうなのは官僚なのかあ」「下っ端の兵隊はつらいよなあ」等と茶化すような事を言いながら談笑するのが耳に入り、同じ日本人としてとても恥ずかしく思いました。

英国のバッキンガム宮殿でも衛兵の交代式がありますが、彼らは英国でも同じような事を言うのでしょうか。

どこかアジアの国々を日本より下に見る時代錯誤な感覚が残ってないでしょうか。

他国の人や文化や伝統を尊重しないことや、人が真剣に取組んでいることを茶化したり、多くの人が静かに見ている中で、笑い声をあげる日本の若者のデリカシーのなさはどこから来るのか考えてしまいました。

日本は平和だしまだ豊かな国ではあるけれど、日本の若者が、他国を尊重する感覚や、勤勉さや、熱意や、誠実さを失うと、あっという間に酷い経済、酷い社会になってしまうのではないか。

そんな不安を感じる出来事でした。

2017年3月27日 (月)

台湾で感じたこと

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21日に1日休暇を取らせてもらい、家族で台湾に行かせてもらいました。

台北で飲茶を食べたり、故宮博物院で中国文化に触れたり、千と千尋のモデルになったと言われている九フンに行ったりと気ままな旅で、久しぶりに良いリフレッシュを頂きました。

自分が台湾に行くのは27年振りでした。

前回は第一勧業銀行(現みずほ銀行)の依頼で「台湾投資環境調査」を行い、銀行の「台湾投資ガイド」を作るという仕事でした。

この時は10日ほど1人で台湾に出張し、台北、台中、台南、高雄という主要都市を回って、関連の役所で直接投資の統計や、外資制度に関する資料を集めて、現地に進出している日系企業のヒアリングも実施してレポートを作る仕事でした。

銀行の人は真面目なので、毎日4~5件の訪問アポを入れてくれたので、各企業のヒアリングとタクシー移動で毎日クタクタに疲れたし、1人だけの出張でしたのでアポや移動の時間に遅れないため気が抜けない毎日でした。

この頃の台湾は途上国から中進国になりつつあり、地方都市の工場地帯はかなり前近代的な工場も多く、下水道等の匂いが強烈な場所があったのを覚えています。

しかし、27年振りに訪ねた台湾は別な国の様に発展しておりました。

高速道路も素晴らしく、以前はなかった地下鉄もでき、街のオフィスビルや、郊外のマンションも近代的なものに変わっています。

台湾企業のホンファイ社が、あのシャープを買収し、東芝の半導体事業も買いたいと言っているようですが、いつの間にか凄い経済力も持っていることも実感できました。

国の動きやエネルギーも、人々の勤勉さや熱意までも、台湾はもう日本を上回っているのではないでしょうか。

このままだと日本企業は、中国にも台湾にも香港に負けてしまいます。

日本には豊かな社会に安住し続ける余裕がないことを自覚して、教育なり生活なり働き方を選択しないと、いつの間にかシャープの様に多くの日本企業が買収されて、中国の方や台湾の方の下で働く人が増えてくるのかもしれません。

そんなこともヒシヒシと感じた旅でした。

2017年3月18日 (土)

始めてのレジャー休暇

うちのモニターページに管理アドレスでログインすると、右上に「生まれてて何日目です。」という日数が表示されるのをご存知ですか。

これを書いている3月15日現在で、6,605日です。

これは1999年7月1日の設立日からの日数なので、その前年の1998年4月1日からCRC総研のインターネット事業部の片隅で準備を始めたので、創業からだと7,050日になります。

こうやってみると改めて長い日数を、マイボイスコムにつぎ込んできたのだなあとしみじみ思います。

また、これだけの長期間で事業を続けてこられたことに、そして、それを実現してくれた社員の皆さんに感謝したいと思います。

実はこの19年間で、私が夏休みと、正月休みと、忌引き以外で休暇を取ったのは、肉離れで歩けなくなった日が2回と、ポリープ手術で1日入院した日の、4~5日ほどだったと記憶しています。

風邪や腹痛などの病気では、1日も休んではおりません。

19年間で4~5日の休暇ですから、かなりの出勤率ですよね。

これは自分の体がかなり丈夫なのと、やはりずっと会社のことが心配で、気が張っていたからだと思います。

社長はいつも色々な問題を悩み続けるストレスの多い仕事のようです。

ワークライフバランスを重視する方には「起業」は絶対お勧めしません。

それで、ちょっとお願いなのですが、3月21日(火)に1日休暇を取って、台湾に家族旅行に行くことにしました。

長男が4月から社会人になりどこに配属になるか分からないのと、1番下の娘が希望大学への入学が決まったので、久しぶりの家族旅行を計画したものです。

年度末の忙しい時期にすみませんが、初めてのレジャー休暇を取らせて下さい。

よろしくお願いします。

2017年3月 6日 (月)

60年以上の商い

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赤羽の駅前にまるよしという繁盛している大衆酒場があります。

30人ほどで一杯になるカウンター中心の古いお店なのですが、料理は安くて美味しいし、店は雑然とはしているのですが、その古いお店の雰囲気が何とも味があって落ち着きます。

そして、半分以上のお客さんが1人でお酒を楽しむために来ているので、隣のお客さんと世間話をしながら飲むのもなかなか楽しいものです。

そんなお店が気に入って、3年ほど前から月に2、3回はここで1人飲みをしています。

ここで知らない方と色々な話をして、美味しい料理とお酒を楽しんでいると、仕事の悩みも少しだけ緩和できるので助かっています。

そんなまるよしのテレビの前に張り紙がしてありました。

「昭和29年に竣工し、おでんから始まり現在のもつ焼き、煮込みをメインとした大衆酒場として60年以上細々と営業して参りました。建物の老朽化にともない修理を重ねて参りましたが修理不可能となりこの度新築を予定することとなりました。変わらぬメンバー、形態で皆様のお越しをお待ちしております。」

簡単な説明書きですが、「60年以上細々と営業して参りました。」なんて何かかっこ良くないですか。

商いって、飽きないだと言うけれど、なんか感じるものがありました。

そして、親父さんの気持ちが伝わってきて、さらにお酒が美味しく感じられました。

2017年2月28日 (火)

年賀状と協業

以前、CRC総研にいた友人が、ある外資系企業のアジアを統括する日本法人の社長をしています。

外資系会社の社長は凄く待遇が良いですが、計画が行かないと直ぐに解雇されてしまう大変にシビアな仕事です。

大抵は3、4年もてば良い方で、突然クビになってしまった話も良く聞きます。

しかし、彼はとてもやり手で、ずっと結果を残し続けているため、もうその日本法人の社長を12年も続けています。

本部は米国ですが、台湾やシンガポール、オーストラリアにも管轄拠点があり、外国人の部下も沢山いてなかなか大変そうですが、しっかり結果を出しているのですから大したものです。

そんな彼がうちの年賀状を見て「久しぶりに情報交換しませんか。」という連絡があり2年ぶりに新橋の焼き鳥屋で飲みました。

そして、MyELデータ協業と、TextVoiceに力を入れていることを伝えると「うちも流通企業に情報を提供しているので、何か商売の接点がありそうですね。今度ちゃんと話をしましょう。」ということになり、先日来社してくれました。

彼らは流通企業に対するソリューション提供をしているので、そこを通じてMyELデータを提供するところに協業の可能性がありそうなので、これから具体的な検討をすることになりました。

昔からの友人や人的ネットワークは、とても大切ですね。

そして、年賀状もこんな切っ掛け作りには有効なようです。

〇ネオグリッド・エーピー NeoGrid AP

http://www.neogrid.jp/company/index.html

アメリカ合衆国イリノイ州シカゴに本社を持つNeoGridは、グローバル大手小売業各社が、業務の効率化と品質の向上を目的として2000年に共同で設立した組織です。2005年には前身のグローバルネットエクスチェンジ(GNX)とワールドワイドリテールエクスチェンジ(WWRE)の2社が合併して誕生しました。グローバル大手小売業のノウハウをベースに開発されたソリューションは、小売業のみならず、卸売業、製造業やサービス業など、その他業種の要望にも幅広く対応できるようになりました。
ネオグリッドは、北米・南米・ヨーロッパ・アジアの4つの地域で業務展開し、現在、世界34カ国200,000社以上のお客様に、日本語を含む18の言語でサービスを提供しています。

2017年2月17日 (金)

5年ぶり

数年前に退社されたある方と久しぶりに会って食事をしました。

FaceBookで友達になっていて、そこに「先月転職しました。」という記載があったため、ちょっと心配になって私からメッセージを送ったのが切っ掛けでした。

お酒を飲みながらお話しを伺うと、うちを退社してから、会社は3社変わっていましたが、とても明るく元気そうなので安心しました。

そして、「高井さん、私ももう〇〇才になったんですよ。」と年齢を聞いて驚き、

「今度の会社はテレビで見て面白いと思い、自分から直接人事に連絡して、自分から売り込んで入社をしたんですよ。会社の雰囲気も自分には合っていると思うので頑張ります。」と聞いて、ずいぶん逞しくなったなあと感心しました。

以前、一緒に働いていた方が元気に頑張っているのは嬉しいことです。

そして、たまにお酒を飲みながら色々と話ができるのも楽しいことであります。

それぞれの方が自分らしく、ハッピーになるのが1番ですので、自分が気に入り、自分から売り込んで入社した新しい会社で、粘って、頑張って、うまく行って欲しいと思いました。

2016年12月28日 (水)

良い新年を迎えましょう!

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週末に自宅の近くにある氷川神社で、新年用のしめ縄づくりをしました。

40人ほどの住民が集まって大量の藁を水で濡らして、叩いて、それを束ねて巻き込みながら、3時間かけて5本のしめ縄を完成させました。

この神社は自宅から2分ほどで、浦和駅からも10分の住宅地にあるのですが、大量の藁に囲まれて作業をしていると、昔の農村の集まりみたいな感じがしました。

そして、新しいしめ縄を神社に収めてから、来年の家族と社員の皆さんの健康と、会社の商売繫栄を心から祈って参りました。

今日で2016年の仕事納めになります。皆さん、1年間お疲れ様でした。

今年はRGとSTスタッフの退社による組織の混乱から始まりました。

「システム対応ができないため、案件の1/3は丸投げで外注をせざるを得ないかもしれない。」

3月にそんな厳しい議論までされていたのを覚えているでしょうか?

でも皆さんが冷静に対応してくれたお陰で、そんな大きな混乱もなく業務を遂行することができましたし、岩佐さん、高井さん、篝さん、鈴木さん、野口さん、北里さん、黒木さんという7人の新しい仲間を迎えて、組織も徐々に安定しました。

また、システム組織の力不足で懸案の「新アンケートシステム」は最後の詰めが出来ずリリースに至っていませんが、7月に「JCP×MO」の外部システム活用の方針を決めて、そちらも前進することができました。

今年は大きな「混乱」から「正常」に何とか戻した1年でしたが、残念ながら正常に戻すのが精一杯で大きな飛躍はできませんでした。

しかし、体制の課題もほぼ解消に向かい、懸案だったシステムの課題も方向性が見えました。

そして、MyEL事業は富士通様とのMyELデータ協業で黒字化し、TextVoiceも新しい収益確保に向かって徐々に動きつつあります。

まずは、1)体制とシステムの課題を改善してリサーチ事業の黒字化を実現し、その上で、2)MyELデータ協業と、TextVoice事業で新しい固定収益を作る。

来年はこの戦略をしっかり実現して、大きな飛躍のできる1年にしましょう!

皆さん、ご家族と穏やかな良い新年をお迎えください。

来年もよろしくお願いします。

2016年12月26日 (月)

高校サッカー

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先日、埼玉スタジアムで埼玉県高校サッカーの決勝戦を見に行きました。

浦和南と正智深谷の2校による戦いで、娘と少年サッカー団が一緒だった生徒が出るというので、浦和南を応援しに行ったものです。

高校生の試合でしたが、流石に最後の決勝戦だけあってあの埼スタの1/5くらいは席が埋まっていたので、1万人くらいは観客がいたと思います。

試合は後半の最後の3分で浦和南が1点入れて、1-1で延長戦になり、そこでも決まらず最後はPK戦で、残念ながら浦和南は敗れてしましました。

自分が小学1年から見ていた彼もグラウンドで泣いていました。

試合は高校生らしく全員が最後まで全力で走り切るとても良い試合でした。

そして、一生懸命で直向きに頑張ることの素晴らしさに心が打たれました。

高校生のスポーツと仕事は違います。

しかし、目の前にあることに真剣に取り組むことの価値は同じだと思います。

横を向きながら中途半端に取組んでも、主体的に精一杯に取組んでも、1日は1日です。

そして、その毎日の積み重ねが自分の仕事力や仕事の充実や、自分の人間としての成長に大きく影響し、いつの間にか大きな差が生まれるのだと思います。

高校生の純真な気持ちやエネルギーまでは難しいけど、やる限りは目の前のことに真剣に取り組む姿勢は私達にとっても大切なことだと思います。

そんなことを改めて感じたとても良い試合でした。

2016年12月12日 (月)

キキミミ忘年会

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いつもお世話になっている慶応大学の清水先生とは、もう10年近く前から毎年忘年会をしています。

まだ先生が明治学院大学の准教授であった時からですので、長いお付き合いです。

そして、今年も清水先生を囲んで、「聞き耳・死神研究」に関ってきた横浜国立大の寺本先生、読売広告社の杉山さん、上野さんと、森さんと私の6人での会食になりました。

マーケティングに係る方々は、情報アンテナも高く、アイディアも豊富なので話題も豊富です。

清水先生が明るく振舞ってくれることもあり、毎年とても楽しく盛り上がる会合になっています。

清水先生が考案されて、読売広告社様と弊社が協力して出来た「キキミミパネル」はマーケティング関係者の関心も高いので、もっとビジネスに活用して行きたいですね。

購入者の「聞き耳」「そら耳」の割合から、そのブランドの将来を診断できます。

聞き耳(キキミミ)の購入比率が高いブランドは成長が期待でき、そら耳の購入比率の高いブランドはシェア減少と廃盤が懸念されるという法則は、デジタルマーケの動きの中でも、もっと活用方法が広げられると思います。

いくつかビッグデータの動きの中で興味があるというお話もあるので、清水先生と読売広告社様とも協力しながら、提案をしてみたいと考えています。

また、森さんの方でキキミミによるワークショップのメニューも検討しています。

このあたりも含めて、皆さんにもっと「キキミミ」をお勧めして行きたいですね。

知恵を働かせた商品の開発と、企画提案を進めて行きましょう!

2016年12月 4日 (日)

鎌倉紅葉

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週末、鎌倉の長谷寺に紅葉を見に行きました。

そして、しっかり会社の繁栄と、TextVoice事業の成功、家族と社員の皆さんの健康と幸福を心から祈念して来ました。

私は鎌倉の秋の紅葉やお寺が大好きです。

好きな鎌倉でよい休日を過ごし、よいリフレッシュと、よくエネルギーをいただくことが出来ました。

このエネルギーで年度末までの多忙を乗り越えて、事業構造の変革と、経営改善に取組みたいと思います。

自然のエネルギーに、感謝です!

2016年11月28日 (月)

OB会の合宿

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私は大学時代に野生動物研究会というクラブに入っていました。

動植物や鳥等の自然が好きな仲間が集まり、各地を回って山登りや自然観察、バードウォッチング等をするクラブでした。

6年前にたまたまクラブの3つ上の先輩に会い、クラブのOB会をやって欲しいと頼まれました。

それは面白いし有意義なことだと思いましたが、卒業生がどこにいるのかも分かりませんし、自分も会社経営であまり時間が取れないので躊躇しましたが、何名かの協力者を集めてやってみることにしました。

まずは名簿作りかれですが、口コミやFaceBook等を駆使して手探りで進めて、今では250人のOB会になり、5年前から毎年秋に山で合宿をやるようになりました。

今年は5回目の合宿を長野県の野辺山にある、大学の演習林の研修施設を特別にお借りして開催し、全国から約40人が集まりました。

19歳の大学生から60歳のOBまでが、一緒に山歩きをしながら鳥を見て、動物のトラックを観察し、一緒に食事を作り、鍋を囲んで夜中まで酒を飲み、語り、笑い、騒いでいるうちに自分の原点を再確認できました。

幹事長として250人の会員を組織して、毎年の合宿を企画運営するのは大変ですが、この様な日常と異なるコミュニティも自分の中のバランスを保つには大切な気がしています。

今回の合宿もとても良いリフレッシュになりました。

皆さんも仕事以外のコミュニティにも参加していますか。

何かの集まりがあれば、最初は面倒でも一歩踏み出してみることかもしれません。

そんなことも、忙しい毎日の精神バランスを取るのには有効だと思います。

2016年11月14日 (月)

健保フットサル大会

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先週の土曜日は健保主催のフットサル大会でした。

豊洲のフットサル会場で4試合に出て、2勝、1分け、1敗で2位になり、残念ながら次の大会には進めませんでしたが、皆さん良い汗をかいていました。

走れる若者が少ないというので、私の大学生の息子2名も参加をさせていただきました。

田井さんの長男のこはる君も来てくれて良かったです。

この様なオフでの集まりは職場とは違う一面も見られるし、色々とリラックスして話もできるので、とても良いことだと思います。

幹事の栗田さんや、キャプテンの小池さん、ご苦労様でした。

参加してくれた皆さん、お疲れさまでした。

大西さんもわざわざ応援に来てくれてありがとうございました。

また、是非、企画して下さい。

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2016年11月 3日 (木)

優勝

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今日は文化の日でお休みでしたので、浦和レッズの最終節の試合に行ってきました。

最後の試合は引き分けでしたが、ガンバの逆転で最後の最後に年間優勝が決まり、埼スタは大いに盛り上がっておりました。

来週の12日(土)は会社のフットサルチームが健保の大会に出るというので、こちらの応援にも行かせてもらいます。

試合に出る皆さんはチームワークで頑張って下さい。

また応援に行ける人がいたら、栗田さん、小池さんまで連絡下さい。

こちらも楽しみにしています。

2016年8月 8日 (月)

昔の職場仲間

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当社が1999年7月にできた時は、私と岡島さんと、もう1人求人で採用したIさんという女性の3人でのスタートでした。

Iさんは会社立上げの大変な時期に5年ほど働いてくれて、その後結婚をして、ご主人の仕事の関係で熊本に転勤になり止む無く退社になりました。

その後、3回ほど全国を転勤してやっと東京勤務で戻ってきたのだそうです。

そして、久しぶりにお会いする約束をして、その当時CRCの同じフロアーで働いていた6人が集まって、10年ぶりに昼飲みランチを楽しみました。(Iさんは前列右端で、私の隣はとっても人の良いカナダ人のAくんです)

10年ぶりなので皆さんそれなりに変わっていますが、話していると人間的には何も変わっていないことが嬉しくて、とても楽しい飲み会になりました。

職場は基本的にはゲゼルシャフト(機能体組織、利益社会)でありますが、長い時間を一緒に働く訳なので、人間的な信頼も築けた方が良いですよね。

ビジネスはビジネスで厳しい姿勢で取り組んで計画を達成し、仕事を通じてお互いに良い人間関係が築けることが理想の会社だと思います。

このところ色々な問題が起きていて、会社の雰囲気が暗くなっているようです。

こういう時はどうしても下を向きがちですが、私も課題解決に向かってベストを尽くして頑張るつもりです。

皆さんも良い流れを作るために、チームのミッションと計画達成に向かって、しっかり前を向いて行動して下さい。

関係者が前向きに取組めば、大体の問題は乗り越えられることを、これまでに何度も経験して来ました。

お互いを信頼し、協力し合って困難を乗り越えて行きましょう!

2016年6月21日 (火)

秩父神社

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昨日の熱海の来宮神社に関連して、、

神様に会社の発展を祈る。などというと神頼みで何ができるのかと思うかもしれませんね。

ビジネスと神社での祈念には何の関係もありません。

でも経営もビジネスも、祈るほどに真剣に悩み、考えることが必要ということはあるのかもしれません。

私が尊敬をしていた大先輩に、伊藤忠商事からCRC総研の社長に来られた高原友生さんという方がおられました。

もともとは陸軍士官学校を出て陸軍に入り、ミャンマーで敗戦を迎えて伊藤忠商事に入られて、エネルギー関係のトップをやり、伊藤忠商事の社長候補にもなったもの凄く偉い方でした。

私にとっては雲の上のそのまた上の方でしたが、たまた社長プロジェクトで、ミャンマー出張をご一緒させていただいたことで名前を憶えていただき、時々声をかけてもらえるようになりました。

その高原さんが相談役の時に、自分が会社を始めると聞いて、3回だけですが2人で食事をさせていただく幸運な機会をいただきました。

その時に「自分は石油を掘る仕事をしてきた。ベストを尽くして準備をしても大きな不安が残る。自分も大きな投資をする時には、必ず火の神様である新潟神社まで部下と行って、全員で真剣に神様に祈ったものだ。」

「お前がやるビジネスの内容は何度聞いても良くわからんが、それはコンピュータを使うのだな。それであれば数学の神様の秩父神社に行って、真剣に神様のご加護をいただけるように拝んできなさい。」と言われました。

それで早速その週末に秩父神社をお参りして、高原さんに報告すると、「それでよい。神様に祈ることはビジネスでも大切なことだ。これからしっかり頑張りなさい。」というようなことを言われた記憶があります。

高原さんは7年前にお亡くなりになりましたが、あんなに凄い方から直接ご指導いただけたことはとても名誉でありがたいことだったと思います。

そして、マイボイスコムを高原さんの教えにも恥じない良い会社にしたいと願っています。

高原友生さん

大正14(1925)年岡山県に生まれる。東京陸軍幼年学校(42期)及び陸軍士官学校(57期)卒業。歩兵58連隊(新潟・高田)に所属、ビルマに赴き連隊旗手。中隊長(中尉)。昭和21年復員後、東京大学法学部卒業。伊藤忠商事に入社。常務取締役、中近東総支配人を経て、センチュリリサーチセンタ株式会社(現CRCソリューションズ)社長となる。現在、同社名誉顧問。情報サービス産業協会会長を長く務めたのち、日本・ミャンマー商工会議所ビジネス協議会会長を務める

商戦 伊藤忠 火の玉社員の半生記』より

2016年6月20日 (月)

ご神木

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久しぶりに熱海に行ってきました。

そして、来宮神社というところに、本州で1番古い樹齢が2000年以上も経っている楠のご神木があると聞いて行ってみることにしました。

この大きな楠はこんなに大きく、自分は自然が好きでいつか屋久島の縄文杉を見に行きたいと考えているのですが、それを彷彿とさせる堂々とした姿に凄い生命力を感じました。

そして、このご神木が日本屈指のパワースポットだと聞いて、マイボイスコムの発展と、私の家族と社員の皆さんの健康と幸せを真剣にお願いして参りました。

2000年以上も生き続けている生命力に圧倒をされながらも、すごい良い運気とエネルギーをいただけたような気がします。

3~5月に4人の退社で社内に不安も走りましたが、生産体制の補強もだいぶ進みました。

今期の事業もこれからが本番ですので、上期の計画達成と、新規事業の収益化に向かって、頑張って行きましょう。

来宮神社 大楠

http://www.kinomiya.or.jp/ookusu.html

2016年6月13日 (月)

起業のエネルギー

3年前に伊藤忠商事を辞めて、「スポーツの持っている価値であらゆるものをつなげ、感動溢れる世の中を実現する。」をコンセプトに起業した知人と飲みました。

彼とは当社の仕事で知り合い、何度かお会いするうちに、凄くエネルギーのある優秀な商社マンだと感じていました。

そんな彼が3年前に会社に来られて、「高井さん、今度、伊藤忠商事を辞めてスポーツで世の中を良くする会社を友人と2人で始めます。これからもお付き合いをお願いします。」との報告に大変驚きました。

ランチをしながら事業内容を聞いても、本当にそれが会社のビジネスとして成り立つのか正直分かりませんでした。

それでも友人と8百万円の資本金を出し合って会社を作る彼を応援したくて、その事業に関連しそうな知人を紹介しましたが、それ以降はFaceBookで時々活動を見るくらいでした。

そんな彼との食事でしたが、とても元気に頑張っていて「高井さん何とか起業して3年が経ちました。社員も2人から5人に増えて、仕事の幅も少しづつ増えてきて、給与は半分になったけど、毎日むちゃくちゃ充実しています・・・」という報告を聞きながら美味しいお酒をいただきました。

そして、こちらがテキストマイニングに取組んでいることを伝えたら、「実はあるマーケティング会社の社長と懇意です。何か高井さんとの接点がありそうなので、是非、紹介させてください。」と言われて、先日一緒にF社に同行してくれました。

伊藤忠商事を辞めて独立する時は心配もしましたが、知恵とエネルギーと行動力のある方は、どんな困難でも何とかしてしまうのですね。

4時間も飲んで話しをして、こちらも良いエネルギーと元気を頂けました。

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Criacao

http://criacao.co.jp/

サッカーの原理原則に基づき、世の中に感動を創造し続ける存在でありたいという企業理念のもと、Criacaoは強い信念を持って邁進してまいります。自分は物心ついた時からサッカーボールを蹴り、仲間と共に成長してまいりました。

高校時代に全国大会出場を決めた試合は、嬉しくて笑っていました。プロへの通過点だと思っていました。そして大学時代、代表を務めたサッカーサークルは初のサークル日本一を目標に掲げ、仲間とともに日本一を勝ち取ることができました。途中、メンバーの中には厳しい練習に強い不満を持っているものもたくさんいました。メンバーを不幸にしているかと悩みながらも、勝つことで得られる喜びを感じてもらいたいという想いで、仲間に支えられながら信念を貫き、達成できた日本一。不満を漏らしていたメンバーたちが嬉し涙を流し、自分の目からも自然に涙がこぼれ落ちました。仲間の涙を見た瞬間、心からこれが人生のゴールだと思えたのです。

サッカーを通じて世の中の原理原則を学び続けている自分は、サッカーの原理原則を通じて世の中に感動を創造し続けたいと心から思い、株式会社Criacaoを創業しました。総合商社で働いた7年間。大好きなお客様と、部署に関係なく素晴らしい先輩、同僚、後輩に囲まれて働くことができたのも、仲間に恵まれたことと同じくらい、サッカーを通じて学んだことが活きたからだと強く感じています。チーム(組織)で勝利し感動を手にするため(目的の達成)に、メンバー(組織員)にポジション(役割)が与えられ、頭を使い、コミュニケーションをとりながら、対戦相手(競合企業)や天気・ピッチコンディション(環境)の変化に対応しながら、判断・行動・修正をしていく。まさにサッカーとはビジネス、サッカーとは教育だと思っております。そこには変わらない普遍の価値が詰まっています。

我々は2025年にCriacaoが世界一のサッカークラブになることを目指しながら、サッカーの普遍の原理原則を解釈し、教育、衣食住、IT、エンターテインメント等、総合商社のように事業を拡大していき、関わる人全てに感動を創造し続けられる存在を目指します。世界一競技人口の多い、サッカーの可能性を心から信じています。

代表取締役CEO
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丸山 和大
Kazutomo MARUYAMA

2002年3月 桐蔭学園高等学校卒
2006年3月 立教大学 経済学部経営学科卒
2006年4月 伊藤忠商事株式会社入社
・食品流通部門にてメーカー/卸/小売業との新規事業開発、商品開発、販売/マーケティングエージェント事業に従事
2013年4月 株式会社Criacao創業、代表取締役社長CEO就任

2016年5月27日 (金)

社内ブログについて

この「社内ブログ」も書き始めて9年が経ちました。

始めたのは社員数が増えてきた頃に「最近会社の情報が伝わり難くなっているんだ。」とコンサルをやっている友人に話したら、「それなら社内ブログを書いてみたら。」とアドバイスを受けて始めたものです。

それから9年間、一応営業日は1日も休まずに、これは皆さんに伝えておいた方が良いかなと思うことを、できるだけ詳しく書くようにして来ました。

これまでに書いたブログ数は2,295件です。

いつの間にかこんなにも書いていました。

1日分は15分ほどで書いていて、その半分は週末に自宅で書いています。

2,266日分のブログを書くには566時間もの時間がかかり、283時間の休日の時間を費やしたことになります。

それでも会社の出来事や、課題や対応、自分が経営で悩んでいることも含めて、社員の皆さんとできるだけ詳細に、正直に共有することが大切だとの想いからやってきました。

そして、毎日、35人くらいの方が読んでいることが励みにもなって続けて来ました。

今回、外部の方が読んでいるという指摘があり、あまり具体的なことを書くのは好ましくないという意見もいただきましたが、定期的にパスワードを更新して、社内の社員の皆さんしか読めない環境を作ることで続けて行きたいと考えています。

これからも会社の情況や課題への取り組みを、できるだけ詳しく社員の皆さんに共有するので、目を通してください。